空の宇珠 海の渦 外伝 無欲の翼 その二十四
闇に触れた木が枯れていた。
一瞬にして、岩戸の廻りの木が全て枯れた。
闇は生命そのものを奪う。
その恐ろしさを事実として、美紗は見ていた。
「守人がどれだけ大切なものか…わかった…」
美紗は、紗羅の務めを偉大だと感じた。
「もし、人に触れていたら…」
美紗はそう考えると恐ろしくなった。
真魚が棒を担いで戻ってきた。
「その棒は置いておけば良かろう…誰も取るまい…」
嵐が真魚に忠告した。
「それ以上器を広げて、どうするおつもりですかな…」
後鬼が、真魚の身体を心配していた。
「まあ、どうにかなるさ…」
そう言いながら、真魚が倒れた。
どおぉぉぉん!
突然、真魚が気を失い、地面が揺れた。
霊力の限界を超えた。
見た目より、闇は手強かったようだ。
後鬼が身体を支えたが、棒が地面に落ちた。
地面が揺れたのは棒のせいだ。
「う~、何なんだこの棒は!」
綾太が持ち上げようとするが、ぴくりとも動かない。
「どれ…」
父と二人で動かそうとしたが、無理であった。
「置いておけ!どうせ誰も動かせぬ…」
嵐が冷たく、二人をあしらった。
「全く、己の身体の事を少しは心配しろ…」
嵐は、気を失っている真魚にそう言った。
「早く!こちらへ…」
紗羅が家の中に案内した。
「全く…子供のようじゃな…」
真魚は、笑みを浮かべて眠っていた。
その寝顔を見て後鬼も笑った。
夕焼けが美しい。
直人は、昼間の事が気になって、美紗の家に行こうとした。
いつもなら呉羽を預けて帰る。
だが、最近は生活を共にしている。
その途中、美紗の家の側でそれを見つけた。
「これは…佐伯様の…」
直人は、左手に呉羽を乗せていた。
右手でその棒を持とうとした。
「な、なんだ!これは!」
そのあまりの重さに、一人で叫んでいた。
「佐伯様は…これを軽々と持っていたのに…」
直人には、その理由が分からなかった。
「あれは…」
そして、気付いた。
岩戸の周りの木が枯れていた。
直人が見る初めての光景。
木が燃えて、灰になったようだ。
「やはり…何かあったのか…」
直人は、美紗の家に急ごうとした。
ふと見ると…
「どうして…」
家の前に、美紗と綾太が立っていた。
「あれだけ大きな声で叫べば、誰かはわかるだろう」
綾太が笑っている。
「あれは…佐伯様の持ち物ではないのか?」
直人は、真魚の棒を指さした。
「佐伯様は家で眠っている…」
美紗が直人に言った。
「やはり…何かあったのか…」
直人の予感は当たっていた。
「岩戸の前の木が、全部枯れている…」
「昼間、呉羽が怯えていたんだ…」
直人には、何が起こったかは分からない。
「岩戸の封印が解けたの…」
「封印?」
注連縄があることは知っていた。
だが、それは何かの迷信だと思っていた。
「私の家は、代々あの岩戸を守って来た守人なの…」
美紗がその事実を直人に告げた。
「守人?」
「あれは…その…」
直人が言葉を探している。
「注連縄は、ただの飾りじゃ無いわよ…」
美紗が岩戸の方を見て言った。
「それと、佐伯様とどういう関係が…」
直人には、ただの旅人にしか見えない。
「佐伯様が、封じ込めた…」
美紗がその事実を言った。
「すごかったよ!亀とか、鳥とか、龍とか出して!」
その状況を思い出して、綾太が興奮している。
「亀、鳥、龍?」
直人にとっては、別の世界の出来事のようだ。
「佐伯様がいなかったら、村が全滅していたかも知れない…」
美紗が恐ろしい一言を放った。
「全滅?村が?」
状況を見ていない直人には、全く理解出来ない。
「佐伯様が、村を救ったということか…」
話から見えてくるのは、それぐらいであった。
「で、直人様は、何をしに来たの?」
綾太が、直人の顔色を伺った。
「それを確認しに来たのだ…」
直人は嘘はついていない。
聞いた内容が理解出来ないだけだ。
「呉羽は?」
美紗が直人に確認した。
「連れて帰るよ…」
「秋までには…仕上げないと…」
直人が呉羽を見て笑った。
「楽しそうね…」
美紗がその笑顔を怪しんでいる。
「そうかもな…」
直人は言葉を濁した。
美紗は、直人が離れていくのを感じていた。
そして、それ以上に、自らの心の変化にも戸惑っていた。
いい意味で鈍感な直人の性格。
それに、親しみを感じていた。
だが、今はそれが大きな壁になっている。
「世界が違う…」
見たり、感じたりするものが、全て違う。
それを…
受け入れ始めた自らの心に、美紗は戸惑っていた。
続く…