空の宇珠 海の渦 外伝 無欲の翼 その二十二
岩戸から吹き出す黒い霧。
それが、形を取り始めた。
「あれが…母さんが守ってきたもの…」
正気に戻った美紗が震えている。
「守ってきたんじゃない…」
「こうならないために…封じていたのよ…」
紗羅は、守り人の役目、その意味を美紗に伝えた。
「あれは…何なの?」
「うちらは、闇と呼んでおる…」
美紗の問いかけに、後鬼が答えた。
「闇…」
あの中に消えたい…
見ていると吸い込まれそうになる。
引き寄せられる。
生きる事に絶望した者は、直ぐにそうするだろう。
妖しき魅力を秘めた黒い霧。
真の恐怖、憎悪、絶望。
美紗はそれを見て、感じ、震えていた。
「玄武!」
真魚の波動が、次元の膜を伝わっていく。
「皆を守れ!」
真魚の棒が耀き、光の盾が美紗達を包み込んでいく。
光で出来た亀の甲羅。
それが皆を守っている。
嵐が地上すれすれに飛ぶ。
その間に、真魚は地面に飛び降りた。
嵐は光になり、消えた。
「あれは…私が見たものと…似ている…」
美紗が闇を見て言った。
「お主が見たのは、恐らく奴の一部じゃ…」
「奴は…出たがっておった…」
「それが、守人としての紗羅の体を苦しめた…」
後鬼が、美紗に説明する。
「ひょっとして…私が…原因なの…」
美紗はその事実に気付いた。
「呼び水になったのかも知れぬが、理由はそれだけでは無い…」
「光と闇は惹かれあう…この世は二極じゃ…」
後鬼が真魚と嵐、そして闇を見ていた。
「それ故に…この世が光で満たされる事はない…」
「人の心も同じじゃ…」
「誰もが、闇を抱え生きている…」
「人が生命を生み出すには、二極が必要なのじゃ…」
後鬼は目の前の、光と闇を目で追った。
「光と闇…二極が生み出す生命…」
美紗は、 この宇宙の理を見たような気がした。
「強大な生命を生み出すには、それ相応の陰と陽の二極が必要になる…」
「そして、それを抱え込むだけの器がなくてはならない…」
「器…魂のこと…」
美紗は直ぐに気付いた。
大きな力。
光と闇。
今、美紗の目の前にあるもの…
果てしなき悲しみを抱え、それに耐え、戦っている。
後鬼は真魚を見ていた。
だが、紗羅は気付いていた。
「あれだけの…霊力…」
「人にしては…大きすぎる…」
紗羅がつぶやいた。
「肉体が保たない…」
紗羅は、真魚の身体を心配していた。
「だから…うちがおるではないか…」
「それとて、偶然ではなかろう…」
後鬼がそう言って微笑んだ。
「そうですね…」
紗羅は安心したように、後鬼に笑みを返した。
「人にしては…大きすぎる…」
美紗が、真魚を見つめていた。
紗羅のその言葉を、気にしていた。
続く…