空の宇珠 海の渦 外伝 無欲の翼 その二十一
後鬼が理水の瓶を取り出し、数滴、器に入れた。
それを美紗の頭の上からかけた。
美紗の身体が、一瞬跳ね上がる。
「これで、大丈夫じゃろう…」
後鬼が美紗の頭に触れた。
「私…私…」
美紗が震えている。
何かを見た。
その答えを、後鬼は知っている。
「ぼちぼち…お主の出番ではないか?」
後鬼が嵐に声をかける。
「なかなかうまかったぞ、紗羅」
ようやく嵐が表に出て来た。
恐らく器には何も残っていないはずだ。
どん!どん!
岩が叩かれるような音。
皆が岩戸の方を見た。
「封印が解けている…」
紗羅が直ぐにその事実に気付いた。
岩の裂け目から吹き出す黒い霧。
「もう…私にはどうする事も出来ない…」
紗羅の霊力の限界を、超えている。
「そろそろ行くか…」
嵐が霊力を解放した。
その霊力が大気を押し、突風が吹いた。
廻りの木々が揺れている。
目が開けられない。
皆は立っているのが精一杯であった。
風が止んだあとに…
金と銀の光を放つ美しい獣が立っていた。
「嵐…なの…」
美紗が、その姿に見とれている。
嵐の波動が、美紗の不安を消し去っていた。
「おお…なんと…なんと美しい…」
紗羅はその波動に身を委ねた。
「本当に神様だったんだ…」
綾太は、その事実を心に刻み込んだ。
「何だ!あれは!」
「ば、ば、化け物!」
清野はその姿を確認すると、震え上がった。
「逃げた方が良いぞ…」
真魚が清野を見て、笑っている。
「清野様!早く!早く!」
付き人が、清野の手を引っ張るが、動こうとしない。
「なんだ…この…」
清野は、黒い霧に気をとられていた。
「早く!」
付き人は堪らず清野を抱え込んだ。
無理矢理引きずって行った。
「あの付き人、なかなかやるではないか…」
後鬼はそれを見て呆れている。
「乗れ!」
嵐は真魚を背中に乗せ飛んだ。
黒い霧が勢いを増している。
惹かれ合う、光と闇。
「扉を開く手間が省けたな…」
嵐が真魚に言った。
「そうだな…」
真魚は笑みを浮かべていた。
突然、空が怯えた。
「空…どうかしたの?」
その様子に未羽は戸惑った。
辺りが静まりかえっている。
生命の気配がしない。
「どういうことなの…」
未羽は目を閉じて考えた。
そして、気付いた。
「胸騒ぎがする…」
「何処かで…なにかが、起こっている…」
未羽が目を開けた。
「空…あなたはもう分かっているのね…」
「何が起こっているのか…」
生命全てが畏れている。
そんな、何かが起こっている。
「それは…どこで…」
直人は気になっていた。
「あっちよ!」
未羽がその方向を指した。
「そっちは、村の方向…」
直人は、得体の知れぬ不安を感じていた。
続く…