空の宇珠 海の渦 外伝 無欲の翼 その十六
「それで、佐伯様はどちらまで…」
美紗が恥ずかしそうにして真魚を見た。
「この村に、態度の大きな貴族がいるだろう…」
「それは、あの蛇野郎の事だな…」
綾太がそう言った。
「綾太、聞かれたら殺されるわよ…」
美紗が綾太を窘めた。
「巨勢様と言う方がいます…多分その方です」
美紗が真魚に告げた。
「どうやら、かなりの嫌われ者らしいな…」
真魚の言葉で、二人が目を合わした。
二人の表情に、それが窺える。
「そいつの屋敷はどこにある?」
「まさか、巨勢様に逢いに来たのですか?」
驚いて、美紗の目が大きく開いた。
真魚のような人が訪ねる奴ではない。
美紗は、そう思っていたからだ。
「今起きている流れを、見ておきたいのだ…」
「流れ…?」
美紗は、その言葉に興味を持った。
流れが起きている場の中に、自分がいる。
その場の中に、直人もいる事を理解していた。
「私が、ご案内いたします…」
美紗が真魚を連れて、その屋敷に向かった。
「綾太、あなたは帰りなさいよ」
美紗が綾太を睨んでいる。
姉の眼光を無視して、綾太が付いてくる。
「余計な事を言ったら、佐伯様に迷惑がかかるでしょ?」
「来たいなら付いてこい…」
嵐が綾太に言った。
「何か、面白そうだもん…」
自らを神と言う犬。
それを連れた不思議な男。
こんな機会は滅多にない。
綾太はわくわくしていた。
しばらく行くと、見違えるような場所に出た。
「都のようじゃな…」
嵐がつぶやいた。
寝殿造りとまでは行かないが、立派な屋敷が並んでいた。
土塀で囲まれ、中は見えないようになっている。
山中に、巨大な寺の伽藍が現れたようなものだ。
その中で一番大きな屋敷にその男はいた。
「直人とは…真逆だな…」
門の前で、真魚がつぶやいた。
美紗は、その言葉を聞き逃さなかった。
「欲の塊みたいな男だな…」
嵐が言った。
既に、門の前で人柄を見抜いている。
美紗はその事実に驚いていた。
「もう…よいぞ…」
「えっ、ここで…よろしいのですか…」
戸惑う美紗に、真魚が声をかけた。
「母君に…会いに行くか…」
内心、美紗はほっとしていた。
あの男の顔は見たくなかった。
それすらも、真魚に見透かされているような気がした。
「本当によろしいのですか?」
美紗は、再度確認を入れた。
「会っても話す事はない…」
「それに、疲れるだけだ…」
真魚は、美紗の顔色をうかがった。
やはり知られている。
美紗はそう感じた。
「では、行くか…」
真魚がそう言って、歩き始めた。
「お姉ちゃん、あの人達すごいね…」
「まだ、会ってもないのに…」
綾太が感心していた。
「そうね…」
美紗の心には、一抹の不安があった。
根拠や、理由はない。
だが、確実に存在している。
それを、感じ取っていた。
「ところで、小僧!」
嵐が綾太を呼んだ。
坊主から小僧に昇格した。
「もう、鳩はないのか?」
「あれは、鷹の餌にするはずだったんだ…」
嵐の問いに、綾太がうつむいて答えている。
「なかなか美味かったぞ…」
「だが、今度はちゃんと食べたいのう…」
嵐が綾太を横目で見ていた。
「お腹が空いたのなら、母に頼んでみる…」
美紗がそう言った。
「そうか!契約成立だな…」
嵐がうれしそうに舌なめずりをした。
「いいのか?そんな安請け合いをして…」
真魚が嵐に釘を刺した。
「お主がおびき出せ、俺が食ってやる…」
嵐が真魚にそう言っている。
「お姉ちゃん、何の事を言ってんの?」
綾太が、かみ合わない話に匙を投げた。
「そうか…」
美紗は気がついた。
「母さんの言った通りだ…」
美紗はその事実に驚いていた。
続く…