空の宇珠 海の渦 外伝 無欲の翼 その十二
夕刻になり、直人が呉羽を連れて戻ってきた。
美紗は、畑仕事をしながら待っていた。
直人の姿を見つけると、直ぐに駆けつけた。
「おかえりなさいませ…」
美紗が先に直人に声をかけた。
「お、美紗か!ただいま!」
直人は機嫌がよかった。
「何か…良きことでもありましたか?」
美紗はそのことに直ぐ気付いた。
「えっ、そうかなぁ…」
直人は言葉を濁した。
答えを聞いていない。
美紗の中で、何かが動いた。
「今日、呉羽を連れて帰ろうかと思うんだ…」
「お屋敷にですか?それはどういう…」
直人から出た意外な言葉。
美紗はますます気になった。
「呉羽の事をもっと知りたいんだ…」
直人は呉羽を見て言った。
「母親は、子供を一人にはせぬであろう…」
「そうではございますが…」
「これは私どもの役目でございます…」
美紗の不安はどんどん膨らんで行く。
人は変わり続ける。
だが、その変化は他人には歓迎されない。
好意を抱く相手には、特にその傾向が強くなる。
人には変身願望がある。
変わりたいと願うのが自らの心だ。
だが、好意を抱く者は、変わって欲しくないと願うのだ。
二極の理が、ここにも存在している。
美紗は不安に包まれていた。
呉羽を連れた、直人の後ろ姿を見送った。
今までの直人が何処かに行ってしまう。
そう感じていた。
「どういう風の吹き回しだろ…」
立ち止まった美紗の側に、弟の綾太が来た。
「だけど…何だか楽しそうだったね…」
綾太が言ったその言葉。
それが、美紗の心に突き刺さった。
その痛みに耐えながら、美紗は不安に包まれていた。
直人は呉羽を連れたまま屋敷に帰ってきた。
それほど大きな屋敷ではない。
二つほどの建物があるだけだ。
「あら、直人様、その鷹はどうするおつもりですか?」
「どうするも何も一緒に暮らすのさ…」
「ご一緒に?鷹とですか?」
年配の端女が直人の行動に驚いていた。
女系の貴族を世話をするのが、端女の仕事だ。
だが、ここは都とは違う仕組みで動いているようだ。
直人にとっては、母のような存在であろう。
「鷹飼いの衆に、任せておけば良いではございませんか?」
「菖蒲には分からぬだろうなぁ…」
「俺は、呉羽の心を知りたいのだ…」
直人は呉羽を見て笑っていた。
「その鷹の心を…でございますか?」
菖蒲は鷹に心があるとは思っていない。
「私も長い間おりますが…」
「そんな事をおっしゃられたのは、直人様が初めてです…」
直人の考えは、菖蒲の考えの外側にあった。
「そうだ、菖蒲、藁を少し頼む、呉羽の下に敷きたいのだ…」
「はい、はい…かしこまりました…」
菖蒲は呆れたように、屋敷の奥に消えた。
「未羽はいつも空と一緒だ、俺もそうしてみるよ…」
遠くにいる未羽に話しかけるように直人は言った。
心が躍っている。
楽しくてしょうがない。
直人は変わって行く自分を、楽しんでいた。
続く…