空の宇珠 海の渦 外伝 無欲の翼 その六
「真魚よ…お主の言うとおり…」
「あの男…面白い男だな」
直人が立ち去った後、嵐がつぶやいた。
「あの男なら、惚れた女の尻を、どこまでも追いかけていくぞ…」
嵐はそう付け加えた。
「なぁ、未羽?」
「知るもんか!」
嵐の言葉に、未羽が頬を赤らめている。
「まあ、形には、こだわらぬようだな…」
真魚が苦笑いをしている。
「家柄とか身分とかにはこだわらぬ、と言う事か?」
嵐が、真魚の言葉をそう受け取った。
「男と女もだ…」
真魚はそう付け加えた。
「女の鷹飼いも珍しいなぁ…」
女が自由に職業を選べる時代ではない。
嵐が言った事実にも、理由があるはずだ。
「今の世は、男が全てを握っているではないか…」
未羽は、その事実が気に入らない様だ。
「男が、握りたいだけだ…」
真魚が、未羽の言葉にそう返した。
太古の時代、男は肩身の狭い想いをしてきた。
原始の時代は、女が優位だったこともある。
その事実は忘れられている。
「そろそろ焼ける頃だぞ…」
未羽が捌いた兎と、芋を焼いていた。
芋は真魚が瓢箪から出したものだ。
「そうか、そうか!」
嵐が待ち望んでいた肉が、目の前に来た。
「これは!美味い!」
あっという間に、嵐がほとんどを食べた。
「神は欲深いのか?」
未羽が、嵐の食欲に呆れていた。
「あるがままだ…」
嵐はそう言って寝転んだ。
「ところで、未羽は大丈夫なのか?…」
「あの男の事か…」
相手が誰であっても、男と女が会う。
そうそう許される事でもない。
「うちには、貴族嫌いの兄がいる…」
「ばれたら…厄介かも知れぬ…」
未羽が残った芋を焼きながら、炎を見ていた。
「腐った果物か…」
全てを、ひとりで背負い込む直人。
失敗から畏れ、逃げようとする…
他の貴族の者の心を、未羽は見たような気がした。
見かけとは違うという、真魚がした例え話。
「あるのかもしれない…」
未羽は直人を見て、そう思った。
「出来なければ…あの男は死ぬのか…?」
未羽が、気になっている事を口にした。
「坂上田村麻呂という男は、骨のある男だ…」
「命まで奪うことはあるまい…」
「だが、それだけに恥をかかすこともできぬ…」
「誰かがそれを畏れている…そういうところであろう…」
真魚はそう見ていた。
「安心しろ、田村麻呂には貸しがある…」
「貸し…だと」
未羽は驚いていた。
ただの貴族が…
征夷大将軍に貸しがあるなど、有り得ないことだ。
「そうなったら…俺が止めてやる…」
未羽は、不思議な感じがしていた。
嘘のような本当の話。
事実とは、到底思えない。
だが、真魚が発する言葉は、嘘ではないような気がした。
「それよりも…だな」
「なんだ…」
未羽は、真魚の表情から何かを読み取った。
「それだけか?」
真魚が未羽を見た。
「なんだ、どういうことだ!」
未羽が頬を赤らめた。
揺れる心の波動を、真魚は楽しんでいた。
「素質はあるのか?奴に?」
「そのことか…」
未羽は安心したように言った。
「それは、佐伯様が、わかっているのではございませぬか?」
未羽は、態と丁寧に言葉を返した。
「面白いとは思っている…」
「それに、未羽、真魚でいいぞ…」
真魚は笑っていた。
ふふふっ
「実は、退屈してたの…」
「面白い事がないのかなって…」
未羽が真魚を見た。
「面白い男には、違いないな…」
嵐が、目を瞑ったままそう言った。
「何だ、聞いていたんだ」
未羽が、嵐を見て笑っていた。
「その木菟に、いつ襲われるかも知れぬ…」
「おちおちと眠ってはおられぬわ…」
木の枝の上に、空が止まっている。
「空は賢いわ、あなたを襲うことなんかしない…」
「神様だもの…」
未羽は、その事実を受け入れていた。
続く…