空の宇珠 海の渦 外伝 魂の器 その二十七
朝日が、新しい一日を照らし始めていた。
弦は掃除を終えてから、本堂で瞑想をしていた。
「傷はどうしたのだ、治ったのか…」
その声で目を開けた。
住職の叔父が前に立っていた。
瞑想中に話しかけるのは良くない。
それを分かっていても、聞かねばならぬ事情があった。
「朝起きたら、治っていたよ…」
弦は頬を触って答えた。
「そうか…所で、弦…」
叔父は、何か聞きたい事があるようであった。
「何?」
「いや…何でも無い…」
叔父は、それ以上聞かなかった。
聞かなかったのでは無い。
聞けなかったのだ。
『弦が私より上であることは、有り得ない…』
自尊心が邪魔をした。
そして、神が言った弦が持つ宝玉。
それを羨み、自らと比べ、負の感情を生み出す。
叔父は死ぬまでこの想いに、付き合う事になる。
その自尊心を捨てない限り、自らの呪縛から解き放たれることはない。
それは、知らないうちに、自らでかけた呪いであった。
「ぼちぼち浜に行くか…」
弦は本堂を出た。
「あ~!気持ちいい~!!!」
弦は太陽の光を、身体にいっぱいに浴びた。
千潮が庭を箒で掃いていた。
後鬼が言った通り、清が様子を見に来た。
「!」
何も言わず、清の表情が変わった。
千潮の顔の傷を見たからであろう。
「か、顔の傷は治ったのか…」
「朝起きたら、治っていた…」
千潮が頬に触れた。
そして、笑みを浮かべた。
その笑顔が、美しかった。
清は千潮のその美しさに嫉妬していた。
「そ、そうか…それはよかったのう…」
詫びの言葉は一切無い。
「何か変わった夢でも、見なかったか?」
話の流れではない。
質問の内容が、明らかにおかしい。
「そういえば…神様の夢を見たわ…美しい女神様だった…」
千潮は空を見た。
そこに神がいるようなふりをした。
「そ、そうか…」
清はそれを聞くと、いそいそと姿を消した。
無いものをあると思い込み。
あるものを無いと思う。
人は自らで苦しむを生む。
だが、それは裏返せば、幸せになれると言う事でもある。
苦しむことができるならば、幸せにもなれる。
幸せになる力も、不幸になる力も…
人に、もともと備わっている。
「これで…大丈夫よね…」
千潮は胸を撫で下ろした。
千潮は幸せを見つけた。
「本当は、ここにいるのにね…」
千潮は、神からの贈り物を確かめた。
そして、空を見上げた。
「あれ…」
一筋の光が見えた。
「真魚と…嵐…」
千潮にはそれがわかる。
「ありがとう…」
千潮は、その光に感謝していた。
「もう行っちゃうのかな…」
千潮の後ろに、弦が立っていた。
「また会えるわよ…」
千潮がそう言った。
「なんだか淋しくなるな…」
弦が光を見ていた。
続く…