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空の宇珠 海の渦 外伝 魂の器 その二十四






「これは、父のものです…どうして貴方が…」

 


真魚は黙って、指で示した。

 


海を見渡せる岩場の上。



そこに、石が積み上げられていた。

 



「覚悟はしていました…」

 


勾玉を見た時の涙。


 


既に、父の死を悟っていた。

 



「私は、結希(ゆうき)と言います」

 


「これには、父の想いが詰まっています…」

 



その言葉を聞いて、真魚は結希の手に勾玉をそっと乗せた。

 


その重さで、結希が砂浜に膝を着いた。

 


そう見えた。

 



その勾玉を胸に抱きしめている。

 





挿絵(By みてみん)





「ほう…」


 

結希の波動が広がり、身体が耀き始めた。

 


これを観じているのは、恐らく真魚と嵐だけだろう。  




「父さん…ありがとう」

 


結希が泣いていた。




勾玉に秘められた記憶。

 


結希はその心象を見ていた。

 



「なるほど…そういう事だったのか…」

 


真魚はつぶやいた。

 


広がる結希の波動の中に、真魚もいる。

 



その意味は、いずれ現実となる。

 



真魚が印を組み、呪を唱えた。

 



七つの光の輪が回っていく。

 



「ああ…」



結希が声を上げて泣いた。


 


周りにいる者達は、父の死を悲しむ娘の姿を見ている。

 


だが、そうではなかった。

 


結希は、生命(エネルギー)の渦の中に埋もれていた。



それは、真魚が導いたものだ。


 

結希の身体が震えている。


 


悲しみを押さえきれない。




その姿に、涙を流す者もいた。

 



だが、結希は悲しんではいなかった。

 



感動して、泣いていたのだ。

 



それは、神の慈悲に触れたからだ。

 



勾玉の力を、真魚は利用した。

 


勾玉の記憶が、結希の心の扉を開いたのだ。 




結希の身体から、溢れる慈悲の波動。


 

真魚は、結希の頭の上に手を置いた。

 



一瞬、結希の身体が輝いた。

 


だが、ゆっくりとその耀きは消えていった。

 



結希は、勾玉を抱きしめたまま、しばらく動かなかった。

 



動かなかったのでは無い。

 


動けなかったのだ。

 


結希が、砂浜に片手を着いた。

 


そして、大きく息を吸い込んだ。


 

はき出すと同時に、目を開けた。

 


真魚を見上げて、笑った。

 



「ありがとう…父が…」

 



そこまで言いかけた時…



兄が勾玉を結希の手から奪い取った。

 



「この勾玉は俺のものだ…いいな…」

 



「いいわよ…」



結希は、あっさりと勾玉を手放した。

 


真魚、はそれを見て笑っていた。




「何がおかしいのだ!」

 


真魚の表情が、気に入らなかったようだ。

 



「お主は、父の死に何も感じないのか…?」

 


真魚は、兄の不自然な行動を指摘した。

 



「死んだ者は帰って来ない…これは、父が生きた証だ」




兄は勾玉を高く掲げた。

 



「その勾玉に何がある?」



真魚は兄に尋ねた。

 



「これを持った者だけが、頭になれる資格を持つのだ!」




「兄上、それは…」



結希が、何かを言いかけた。

 



「お主らは、頭を決めるのに石投げをするのか?」



だが、 真魚のその言葉がそれを遮った。




「石投げだと…」

 


結希の兄が、戸惑っている。

 


真魚の言葉の真意を、理解出来ないでいた。

 



「その石を投げて、拾った者が頭になるのかと聞いているのだ…」

 


真魚がそう言い直した。

 



「この勾玉を持っているのが、頭なのだ!」


 


「おかしな奴らだ…」



真魚が笑っていた。

 


「お主らは…」

 


「その勾玉を持っていれば、誰にでも命を預けるのか?」




「何だと…」



真魚の言葉で兄の表情が変わった。




「俺は、信頼できる者にしか、命は預けない…」



真魚はきっぱりそう言った。

 



「俺に…その資格がないと言うのか…」

 



「だめよ!この人と戦ってはだめ!」



今にも斬りかかろうとする兄を、結希が止めた。

 



「この人は間違っていない…」

 


結希は兄に向かってそう言った。

 



「今のように…」



「感情のままに行動を起こせば、仲間が死ぬかも知れない…」



「頭の行動をしては、どうなのかしら…」



結希は兄を窘めた。

 



「二人で力を合わせば、良いでは無いか?」



真魚が明確に答えを言った。

 



「見た所、兄の剣術は相当の腕前だ…」



「だが、結希はその点では使い物にはならぬ…」



「結希は洞察力に優れ頭が良い、勘もするどい…」



「だが、この点では、兄のお主は使い物にならぬ…」



「そうだろう…結希…」

 


真魚は結希を見た。




「全て、分かったような話しぶりだな…」



兄はあきれ果て、背を向けた。

 



結希は笑っていた。




兄が背を向けたのは、負けを認めたと言うことだ。

 



「あなたって本当に貴族なの?」

 


「あなたのような方が国を治めれば、良い国になるかも知れないわね…」



全てを見抜いた真魚に、結希は呆れていた。

 



「多分、皆もそう思っているわ…」



結希は、真魚を見て言った。

 



「あなたがいなければ、父の願いは兄に届かなかった…」 



「初めから、知っていたんでしょう?」




それは、真魚への確認の言葉でもあった。




勾玉から、予め何かを読み取った。



結希は、真魚にそう言っているのだ。




「お主らは、二人揃って一人前だ…」



「父の願いは、届いたのではないのか…」



真魚は、態と言葉を濁した。

 



結希の答えを、引き出すためだ。

 



「石投げか…うまいこというなあぁ…」



「本当は…石そのものには、意味なんかないのよね…」



「兄にはそれが分からない…」



結希が真魚を見て笑った。




それが、真魚の聞きたかった答えであった。

 



結希が手を挙げた。

 


何かの合図だ。

 


沖の船が動き始めたようだ。

 



「あなたが父を、看取ってくれたの?」

 


「俺では無い、俺の友だ…」

 



「そのお友達に…伝えておいてください…」

 


「佐伯真魚というお方に逢わせてくれて…ありがとう…」

 


結希の頬が赤い。

 



真魚に対する最大の敬意が、込められていた。

 



真魚は、微笑んでそれを受け入れた。




「これから、父を弔います」

 


「あなたも、側にいてくれると…父も喜びます…」




「どうする?」


 

真魚が、嵐に同意を求めた。

 



「何か食い物が出るのか?」



嵐がそう言って、舌で口元を舐めた。



食べかけの鰺の干物は、既に消えていた。





挿絵(By みてみん)





続く…






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