空の宇珠 海の渦 外伝 魂の器 その二十三
岩場の側の砂浜で、流木に火を付けた。
「何もしないのは、疑わしいか…」
真魚が魚の干物を、木の枝に刺した。
「おっ、気が利くではないか!」
嵐が喜んでいる。
炎の側に、鰺の干物が並んでいた。
「いい匂いだ…」
嵐が鼻から息を吸った。
「そろそろか…」
干物の臭いの中に、違う臭いが混ざっている。
「虫を呼ぶために、わざわざ火を起こしたのか…」
嵐が呆れていた。
既に囲まれている。
「用心深いな…松明なしか…」
沖には、沢山の船が集まっている。
だが、この辺りは岩場だ。
しかも、月の無い夜だ。
船が、岩に当たればどうなるか…
それは誰でも分かる。
「たかだか、男一人と子犬が一匹だぞ…」
嵐がそう言って、笑っている。
地上にも、既に濃厚な気配が漂っていた。
「食っておけ…この前みたいなこともある…」
獲れたての魚を砂まみれにした。
嵐の機嫌を損ねたのは、言うまでも無い。
「あちっ!はふっ、うまい!」
嵐が夢中で食べていた。
「焼きたてだからな、気を付けろ…」
真魚も一つ頬張った。
残りの二つは、嵐のものだ。
「俺は猫舌ではない!」
嵐が、自慢げにそう言った時であった。
ざっ!
あからさまに、砂の踏む音がした。
真魚は既に、礼の棒を手に握っていた。
ざ、ざ、ざ…
砂を踏む音が近づいてくる。
たき火の炎で姿が見えた。
見えるのは二十人ほど。
だが、その倍ほどはいる。
真魚は気配で、その事を掴んでいた。
「こんな所で何をしている…」
若い男が出てきた。
前髪が長く、目が鋭い。
年頃は、聡真や弦と変わらない。
「見ればわかるであろう?食事だ…」
真魚に、畏れる様子は全くなかった。
その事実が、若い男の判断を鈍らしていた。
普段なら、迷わず斬っていたかも知れない。
既に、腰の剣は抜いている。
「俺たちが、何だか分からないのか?」
若い男が、真魚に詰め寄った。
だが、男は無意識に距離を保っている。
男の剣は、まだ届かない。
真魚の懐の中に、男はいた。
明らかに、真魚の間合いを嫌っていた。
それだけ、この男もただの者ではないという事だろう。
「海賊だろう…見れば分かる…」
真魚は、さらりと言ってのけた。
「兄上!止めといた方がいい…」
後ろから声がした。
「子供か…」
真魚は最初そう思った。
「この人は強いよ、私達じゃ敵わない…」
女であった。
兄と同じく前髪は長いが、きっちりと分けられている。
目が大きく鼻筋が通っている。
薄汚れた身なりさえしていなければ、美しいはずであった。
「女海賊か…」
真魚は驚いていた。
「そうでしょ?おじさん」
女海賊はそう言いきった。
「なぜ、そう思うのだ…」
真魚は逆に女に質問をした。
「その犬、ただの犬ではないわよね…」
女海賊がそう言って笑った。
「ほう…」
真魚は感心していた。
「お主らの力、俺に貸す気はないか?」
真魚は女に向かって言った。
「あなた、一体何者なの?」
一目見た海賊に、畏れず力を貸せという。
「俺は、佐伯真魚だ…」
「佐伯…あの佐伯か」
この土地において、その名を知らぬ者は無い。
「貴族がどうして、こんな所に…何の用だ?」
さすがに女海賊も、訳が分からなくなってきた。
貴族が、付き人もなしに、無人島に子犬といる。
どう考えても、有り得ないことなのだ。
「これを、捜しているのではないのか…」
真魚が、懐から例の勾玉を出した。
その紐を握って見せた。
勾玉が耀き、自らの重さで、揺れた。
「それを!どこで!」
引き寄せられる様に、近づいた。
懐かしそうな目で、紐に結ばれた勾玉を見ていた。
「もう…見つからないと思っていた…」
女海賊の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
続く…