空の宇珠 海の渦 外伝 魂の器 その二十一
闇の中に、波の音がしていた。
「後鬼が言ったのは、この辺りだったな…」
嵐の背中の上で、真魚は言った。
真魚達は島に渡り、鰐に襲われた男の墓に向かった。
空から島を周り、様子をうかがった。
島の廻りに、松明の明かりが見えていた。
「どうやら、間違いではないようだな…」
これだけ必死になって、捜す理由がある。
真魚はそう考えていた。
「だが、どうして奴らにそれを返そうとする…」
嵐が、勾玉について不思議に思っていることだ。
「このままでは…見つかるまでは止めまい…」
「聡真や父が困るではないか…」
真魚はそう言った。
「本当に…それだけか?」
嵐は真魚の言葉が腑に落ちない。
「まぁ、どうでも良いことだ…」
「俺が気になっているのは、あの鰐だけだ…」
嵐はそう言って笑った。
「あれか…」
岩場の上に何かが見える。
石が積み上げられていた。
「この辺りで下りるか…」
真魚と嵐は地上に降り立った。
すると、真魚はすぐに側の砂浜で、流木を集め始めた。
「何をする気だ…?」
嵐は、分かっていながら、そう聞いた。
「少し寒くないか?」
真魚はそう言って、火を起こした。
寺の周りに馨しい香りが漂っている。
後鬼が屋根の上で香を焚いていた。
「いつもながら、この臭いはどうにかならんか…」
鼻に詰めた気付け薬。
その強烈な臭いに、前鬼が悲鳴を上げていた。
「それがないと眠気に勝てぬ事は、体験済みじゃ…」
「それは、わかっておるが…」
「それを調合するのに、どれだけ苦労したと思っておるのだ!」
前鬼の泣き言を、後鬼は拒否した。
この香りのおかげで寺の周辺は、静まりかえっている。
生命の全てが眠りについた。
そう言っても過言ではない。
今、起きているのは、前鬼と後鬼だけであった。
「爺さんにはとりあえず、千潮を運んでもらおうか…」
「うちは、弦の様子を見てくる…」
後鬼が屋根の上から跳んだ。
庭で千潮が眠っている。
桶の中の水に、星が映っていた。
前鬼が千潮を抱きあげた。
そして、弦のいる本堂に向かった。
本堂では、弦が床に倒れ込むように眠っていた。
後鬼が、弦の鼻に気付け薬を詰めた。
がほっ!げほっ!
弦がその臭いで目覚めた。
「なんだ!これは!」
鼻をかきむしった。
「しばらくの我慢じゃ…」
後鬼のやさしくげな言葉とは裏腹に、その臭いは強烈であった。
「さてと…」
前鬼が千潮を連れてきた。
後鬼が千潮にも同じように鼻に薬を詰めた。
げほっ!げほっ!
千潮が咳をした。
「何なの!この臭い…」
千潮は皆の姿を見て、眉を顰めた。
「美人が台無しじゃな…」
前鬼が笑っていた。
「さすがに、、自分で詰めるのは、勇気がいるであろう…」
「だが、一度詰めてしまえば、あとは慣れるだけだ…」
後鬼はそう言って笑った。
そのために、二人を眠りにつかせた。
「たしかに…そうかもしれないけど…」
弦が鼻を触りながら答えた。
弦にはその心が、通じていなかった。
「では、行くぞ!」
後鬼が言った。
「行くぞって、どこへ?」
弦が言った。
「住職と清の所じゃ!」
前鬼が答えた。
続く…