空の宇珠 海の渦 外伝 魂の器 その十七
那海が目を閉じて、何かを感じようとしていた。
「何か、起きているの…」
先ほど感じた、嵐の波動。
それが、届いてくる。
「そういえば、九は嵐を畏れていたな…」
弦が、九に海水をかけていた。
「神は偉大な存在…」
「九が畏れるのも無理ない…」
千潮が、感じたままを口にした。
きゃぁ!
千潮が悲鳴を上げた。
突風が、砂を巻き上げた。
その砂煙の中に、嵐と真魚がいた。
「腹減った…」
嵐が、地面に下りるなり、座り込んだ。
「食べてないの?」
千潮が、嵐に声をかけた。
その時には、子犬の姿に戻っていた。
「そういえば、千潮の野菜が残っているではないか!」
千潮に声をかけられ、嵐は思い出した。
「私が、何かつくってあげる…」
千潮が小屋の方に向かった。
「良かったな…嵐」
真魚が笑っている。
ぐううううぅぅ~
嵐の腹が鳴った。
「やっぱり、あの鰐を食っておけば良かった…」
後悔の念…
嵐は、それに縛られていた。
「鰐が出たの!」
那海が驚いている。
「大丈夫だ、俺が追い払ってやったわ!」
嵐は、自慢げに那海に言った。
「だが、間一髪だったな…」
「間一髪?」
「船が食われて、壊れておったぞ」
嵐が、その状況を説明した。
「そんなに大きい鰐だったの?」
「船よりは大きかったなぁ、真魚?」
説明するのが面倒になった嵐が、真魚に話を振った。
「俺も、あの大きさは初めて見た…」
「安心しろ、聡真と父は大丈夫だ…」
「良かった…」
那海は胸をなで下ろした。
「そー言えば、目に銛が刺さっておったな…」
「丁度いい目印になって、良いではないか…」
「あの大きさだ…あれぐらいでは死ぬまい…」
真魚が笑っていた。
「九は?」
弦の声がした。
「九は、そいつにやられたんじゃないの?」
「九など、ひと噛みじゃ…それに、その傷は刀傷だ…」
嵐がそう言って、九を見た。
「そうなの?九?」
きゅう、きゅう
那海の問いかけに、九が答えた。
「そうみたいよ…」
那海が笑っている。
「さすが…兄妹だなぁ…」
「那海も、九の言葉分かるのかぁ…」
その事実に、弦が感心していた。
「何となくよ、言葉ではないわよ…」
「そんなもんか…」
弦は驚いたが、否定はしなかった。
弦も、その一部を手に入れている。
そういうこともあるだろう…
そう思っていた。
「そうなのよね、言葉ではないのよね…」
千潮が器を持って来た。
千潮も、何となくわかる様だ。
「もうできたのか!」
嵐が喜んでいる。
「これは、生で食べるの…」
薄く切った大根か蕪。
それに塩を振りかけているだけだ。
「なんでもいい!早く食わせろ!」
千潮が、器を砂浜に置いた。
「うまい!」
嵐が叫んだ。
「なんで、こんなに甘いんだ!」
嵐が感心していた。
「千潮は気が利くな、いい嫁になるぞ!」
早くできるものを考え、それを作り、持って来た。
嵐の事を思い、考えて、行動に移した。
心象を、行動で形に変える。
相対的な空間であるから、出来る事である。
簡単な事のようであるが、できる者は少ない。
だが、誰にでもその力は備わっている。
「そんなことないわよ…」
千潮の頬が赤い。
嵐の言葉に、千潮が照れていた。
「空腹は最高の調味料だな…」
真魚が、笑って見ていた。
「佐伯様も、おひとつ…どうですか?」
千潮が、蕗の葉に乗せて持って来た。
真魚は、それを口に入れた。
「嵐の言うとおりだ…」
真魚の顔を見て、千潮が笑っていた。
続く…