空の宇珠 海の渦 外伝 魂の器 その十六
海に落ちた聡真が、裏返った船にしがみついていた。
「聡真、大丈夫か?」
父の万次が、同じように船を掴んでいた。
「大丈夫って言う…状況じゃ無いよね…」
聡真が目で何かを追っている。
「確かにな…」
その巨大な背びれを、万次も見ていた。
船の廻りを背びれが回っている。
いつ襲われてもおかしくない。
二人が緊張している。
その時…
「何だ!これは!」
聡真が、その凄まじい波動を感じた。
「まだ、諦めるのは早いよ、父ちゃん…」
「そう思いたいが…」
ごおおっぉぉぉっ
突然、突風が吹いた。
「おおっ!」
船が大きく揺れ、振り落とされそうになる。
万次が叫んだ。
水面が割れ、波が起きた。
聡真と万次は、必死にしがみついた。
万次は、鰐に襲われたものだと、思い込んでいた。
「鰐がいないぞ…」
万次は、鰐を見失った。
その事実に気がついた。
「潜ったのか!」
水面下を見ながら、焦っている。
「逃げたんじゃないかな…」
聡真は冷静であった。
「そんな筈は…」
万次は、聡真の言葉を信じる事が出来ない。
巨大な顎を、畏れている。
聡真が冷静なのには、理由があった。
その波動を感じたからだ。
気高く、神々しい波動…
人のものではない。
鰐も絶対にそれを感じている。
自然と深く結びついているもの…
そういうものこそ、畏れて逃げる。
聡真はそう確信していた。
「お~い!大丈夫か?」
仲間の船が助けに来た。
「早く引き上げてくれ!」
生きた心地がしなかった。
万次が仲間に叫んだ。
聡真の頭上から、嵐は海面を覗いていた。
「あれほどの鰐は初めて見たぞ…」
真魚が嵐の背中の上で笑っている。
「奴め、あと少しの所で…」
「食らおうと思ったのか…」
真魚が、悔しがる嵐に呆れていた。
「俺は、朝から何も食っておらんことを、思い出した…」
「忘れておれば良いものを…」
「だが、鰐のひれは美味いらしいぞ…」
真魚は、嵐に追い打ちをかけた。
「お主は、何故それを先に言わぬのだ!」
嵐は自前の燃料を、使い果たそうとしていた。
「待てよ…真魚!」
「ひょっとして、二度目の鈴はこのことか?」
嵐が、突然思い出した。
「おそらくな…」
真魚が海を見渡している。
鰐の行方を捜していた。
「だが、後鬼のいる島からは距離がある…」
「巨大な鰐と雖も、この短い間にここまでは来れぬ…」
「では、どういうことなのだ?」
嵐には見当もつかない。
「何か証を、見つけたのかも知れぬ…」
「巨大な鰐がいるという証をな…」
真魚はそう考えた。
「鰐がいるから気をつけろ、と言う事なのか…」
嵐はそう解釈した。
「海賊と鰐か……」
真魚がつぶやいた。
「お主、また良からぬ事を、思いついたであろう…」
嵐が、真魚に釘を刺す。
「面白いではないか…」
この二つが、繋がっていることは事実だ。
真魚の思考は、無限の彼方へ飛んでいる。
「それよりも飯だ!」
嵐にとっては、こちらの方が重要である。
「捜しに行くか…あの鰐を…」
「この辺りに、あれより大きな獲物はいないぞ…」
真魚のその言葉は、事実でもあった。
「今度見つけたら、絶対食ってやる!」
「ひれだけではないぞ!全部だ!」
嵐は、悔し紛れにそう言った。
続く…