空の宇珠 海の渦 外伝 魂の器 その十二
弦は、寺をこっそり抜け出そうと、画策していた。
毎日、この時間は息が詰まる。
朝の間の、修行。
それが、弦には苦痛であった。
浜にいた方が心地がいい。
それは、自分が逃げているのだと考えていた。
逃げているから辛いのだ、と思っていた
情けないことだと、自分を責めていた。
だが、そうではないことに、気がつき始めた。
理由はそれだけでは無かった。
息が詰まる原因がもう一つあった。
それは、清の存在だ。
寺の使用人という形ではあるが、事実はそうではない。
その清の、千潮に対する扱いが、目に余る。
何度となく叔父に言ったが、聞き入れてはもらえなかった。
「人には、乗り越えなければならないことがある…」
口癖の様に弦が聞かされた言葉だ。
だが、納得出来なかった。
千潮は耐えた。
そして、千潮が変わった。
清が与えたものが、変えたのでは無い。
千潮が、自ら変わったのだ。
究極の闇。
究極の恐怖。
どう説明して良いのか分からない。
その淵を覗き、神の波動に触れた。
それで、千潮は変わった。
ないと思っていたものが、あると認識できた。
それだけで、千潮はかわったのだ。
あれから、叔父の言葉が全て嘘に聞こえてくる。
見えるものと、見えないもの…
真実は、直ぐ側に存在した。
「何の為に修行しているのだ…」
叔父に対して、反発している自分がいた。
「なぜ、これだけ違うのであろう…」
弦は、真魚と叔父とを、知らぬうちに比べていた。
比べても意味が無い。
二人は違うのだ。
違う人間は、生きる意味も違うのだ。
「人は魂の器か…」
弦は自分の手をじっと見た。
「あれっ?」
弦は気付いた。
自らの手の廻りにぼんやりと輝く光。
はははっ!
弦はおかしくなった。
「器から、はみ出している…」
何故そう思ったのかはわからない。
「待てよ!」
「人は…魂の器…」
弦はその事実を疑った。
「器からはみ出すと言うことは…漏れているのか…」
弦は考えた。
そんなことは、有り得ない。
器は器としてあるべきだ。
それに、人は姿を変えずに存在している。
ひょっとして…
「逆か…」
弦はそう考えた。
「器が魂で、中身が人か…」
自らを包み込む光。
その中に自分がいる。
「器は変わらないのか…」
修行で感じた事がない…
わくわくしている自分に気付いた。
「人と魂は別のもの…」
「変わるのは…器の中身か!」
そう思った瞬間、走り出していた。
その答えを確かめたかった。
止まらなかった。
震える心に、自らを押さえきれない。
今、止められる方法は、ひとつだけであった。
本堂を抜け出し、庭を走った。
庭を掃除する千潮の姿が目に入った。
「千潮、行くぞ!」
弦は、千潮の手を取って走った。
「弦!何!」
千潮は驚いたが、素直に従った。
並んで走った。
はははは!
何だかおかしくなった。
千潮は走りながら笑っていた。
弦も笑っていた。
二人の波動が寄り添っている。
溢れる光が触れ合っている。
「今しかないんだ!」
弦は千潮に言った。
「うん!」
千潮は微笑んで言った。
行くべき場所に向かって、走り続けていた。
続く…