空の宇珠 海の渦 外伝 魂の器 その九
聡真と那海は真魚としばらく話をした後、帰って行った。
那海は、話し足りないようであったが、聡真が連れて帰った。
しばらくして、弦が乾燥した海草を集め、戻ってきた。
「車は使わないのか?」
「車?」
真魚は海草を運ぶ手段を言ったのだが、弦には分からなかったようだ。
「端に車を置いておけば、横に集めるだけで良いでは無いか…」
真魚は弦に丁寧に説明した。
「なるほど…それは考えもつかなかったよ」
そうすれば一度に沢山運べる。
作業も楽になる。
「今度、作って見るよ!」
弦は真魚の考えを受け入れていた。
「そういえば、千潮は戻って来ないな…」
「どうせまた、掴まっているんだろう…」
そう言いながら、弦は海草を台の上に積んでいた。
「千潮は寺の使用人か?」
「清の遠縁にあたるらしい、俺も似たようなもんだ…」
「清と言うのは、おじさんの…」
弦は言いかけて止めた。
だが、弦の顔に書いてある。
その理由は、真魚にも直ぐに分かった。
「似たもの同士か…」
弦と千潮の境遇は似ているようだ。
その事実がお互いの信頼に繋がっている。
真魚はそう感じ取っていた。
小屋の中には、木の樽が三つほど並べられていた。
そこに、海草を浸けて、表面の塩を洗い落とすようだ。
「これは、いつも千潮がやってくれているんだ」
そう言いながら弦は海草を樽に浸けていた。
「なかなか、美味い塩を作るのも、たいへんじゃなぁ…」
よほど、弦の塩が美味しかったのであろう。
嵐が珍しく、弦の作業を見ていた。
普段は人のすることに興味は持たない。
「海草の味は、関係あるのか?」
嵐の食に対する想像力が、膨らんでいた。
「今晩、この小屋を借りても良いか?」
「えっ、いいけど…こんな所で…」
真魚の突然の話に、弦は戸惑った。
身分の高い真魚に、弦は気を遣った。
「気にするな、夜風さえしのげれば、それでいい…」
真魚は、弦の心を感じていた。
だが、真魚には身分などどうでもいいことだ。
「こんな事は、初めてだよ…」
真魚に触れる事で、弦の全てが変わってしまう。
触れるものすべてが、新鮮で心地良かった。
心がときめいた。
変わっていく自分を、面白いと思った。
千潮の変化が、弦に教えてくれた。
変われないのは、自分のせいだ。
変わることが怖かったのだ。
だが、今は違う。
弦は、臆病な自分を受け入れていた。
臆病な自分が踏み出す一歩。
それを、面白いと感じ、楽しんでいた。
満天の星が、時折瞬いている。
大気の揺らぎが、星の光に彩りを与える。
遠きものより、近きもの。
その影響の力は大きい。
夜の浜には誰も来ない。
波の音がするだけだ。
真魚はその静寂を楽しんでいた。
空の星と、波の音。
今、これ以外の友はいらない。
だが、真魚は気がついた。
波の向こうに動く光。
星の光では無い。
「船か…」
この辺りは、夜に漁などしない。
その光は、限られた部分で動いている。
「島か…」
昔、同じようなことがあった。
有り得ない事ではない。
揺れる火の側で、嵐が寝ていた。
しばらくすると、波の向こうの灯りは消えた。
「あそこに…何があるのだ…」
聡真達は、このことを知っているのだろうか…
真魚は少し気がかりであった。
続く…