空の宇珠 海の渦 外伝 魂の器 その八
弦が、浜に敷き詰めていた海草を集め始めた。
真魚は、その作業を見ていた。
聡真が帰ろうとすると、そこに那海が現れた。
「那海、お前どうしたんだ…」
聡真は那海の行動に驚いた。
弦の小屋の方向で、あれを見た。
だからと言って、弦を心配するような妹ではない。
「ちょっと、気になって…」
「気になってって、あれの事か…?」
聡真の考えとは裏腹に、何かが変わり始めていた。
「弦は…大丈夫だったのね…」
海草を集める弦の姿を、那海が確認した。
「あれっ…?」
那海は真魚の存在に直ぐ気付いた。
「あの人…さっきの…」
「そうだ、佐伯様だ…」
「佐伯様って、あの佐伯様?」
那海は、聡真の言葉が、信じられないでいた。
薄汚れた着物。
付き人も付けずに、子犬を連れている。
そんな貴族など、那海の頭の中にはない。
「それでか…」
真魚にもらった銀の粒、庶民が持つものではない。
「どうして…こんな所にいるのよ?」
那海の常識を…外れている。
その事実が、逆に真魚への興味に変わった。
それだけでは無い。
真魚の持つ、人を惹きつける何か…
那海は、それも感じていた。
「細かい事情は知らないけど、旅をしているらしい…」
「旅って、荷物がないじゃない…」
「えっ!そういえば…」
聡真は、那海に言われるまで、気付かなかった。
だが、那海はその不自然さを、直ぐに見抜いた。
「私、聞いてくる…」
「那海、こらっ!」
聡真が止める間もなく、那海は真魚の元へ行った。
動き始めた好奇心は、もう止められない。
「佐伯様、先ほどはどうも…」
那海はそう言って、真魚に近づいた。
十四、五歳の娘にしては、大した度胸である。
「聡真の妹か、那海とか言ったか…」
「妹の那海です…」
後を追って、聡真が申し訳なさそうに近づいて来た。
「すみません…出しゃばりな妹で…」
「誰が出しゃばりよ!」
那海は、聡真を睨んだ。
「俺もちょっと、話をしたいと思っていたんだ…」
「えっ、私と?どうして?」
真魚が興味を持っていた。
那海には意外であった。
「知り合いに、そっくりな娘がいる…」
「双子が、生き別れになったのかと思うほどだ…」
「生き写しと言ってもいい…」
ないとは思うが、可能性は否定できない。
本人が知らない事実も存在する。
「私と…そっっくりな…娘」
那海はきょとんとした顔で、その話を聞いていた。
那海には全く関係がない話だ。
「丁度、歳も同じ頃だ…」
真魚は、真剣な顔で、那海を見た。
「そんなに見ないでよ…」
真魚に見つめられ、那海の頬が赤くなった。
だが、真魚が見ているのは姿では無い。
その奥にあるものだ。
国を動かすほどの霊力を、片方の娘は持っている。
もし、その力がこの娘に眠っていたら…
真魚の中に一つの疑念があったのだ。
「どうやら…思い過ごしのようだ…」
真魚が、那海にそう言った。
「思い過ごし…?」
その言い方が、那海は気になった。
「その娘…何かしたの?」
那海は、もう一人の自分に興味を抱いた。
「この時代で無ければ、国を動かしたかも知れぬ…」
真魚の答えは、那海の想像を超えていた。
「国を…動かす…」
那海には、途方も無いことであった。
「那海は、九をどう思っている?」
突然、真魚が那海に聞いた。
これも、意外な質問であった。
「あんなものに、興味は無いわ!」
「あんなものって、九は可愛いぞ、それに、頭もいい!」
聡真が、那海の考えを否定した。
「お兄ちゃんみたいに、話はしたくないって言っているの!」
「話せるということだな…」
真魚が、その事実を告げた。
「そうなのか?那海…」
聡真が驚いていた。
「何となくよ…そう感じるだけ…」
那海は全てを否定しなかった。
「やはりそうか…」
どこからか声がした。
那海の足下で、子犬が寝転んでいた。
「壱与には及ばぬが…お主も捨てたものではないのう…」
きゃぁーーーーっ!!!
那海が悲鳴を上げた。
「い、い、犬が喋った!い、い、今、犬がしゃべったよ!」
青ざめた那海とは裏腹に、皆が笑っていた。
海草を集めている弦も、笑っていた。
「犬ではない、俺は神だ!」
子犬の嵐がそう言った。
「か、神様!!!」
嵐の言葉が、更なる混乱の渦に誘う。
だが、驚きもしない聡真。
それで那海は気がついた。
「に、兄ちゃん!知ってたの?」
「お前のそんな顔を見るのは初めてだよ!」
聡真が笑っていた。
「ずるい!」
知らなかった事実に、弄ばれた。
那海が顔を真っ赤にして怒っていた。
「それでか!!!!」
突然、那海が声を上げた。
「付き人なんか、いらないわけだ…」
いらないどころか、むしろ邪魔だ。
「面白いわ…」
那海のその言葉に、聡真は嫌な予感がしていた。
続く…