空の宇珠 海の渦 外伝 魂の器 その六
嵐は丸焼きにした魚を、二匹とも平らげた。
その食欲に弦は驚いていた。
しかも、骨すら残っていない。
「お主の言うとおり、ここの塩は格別に美味いな!」
嵐は満足したようであった。
「客か?」
その波動に真魚が気付いた。
足音がする。
しばらくして、一人の少年が現れた。
「弦、大丈夫だったか…」
聡真であった。
「聡真…どうして、漁はどうしたんだ」
弦は、聡真達の漁を見ていた。
いつもなら、まだ漁は続いている。
「あれっ、さっきの人?」
聡真が、真魚に気付いた。
「おじさんは、誰なんだい?」
聡真が、真魚の存在を不思議に感じていた。
「そういえば、俺も名前聞いてなかった…」
弦は、ようやくその事実に気がついた。
「俺は、佐伯真魚だ、この嵐と旅をしている」
真魚は嵐と一緒に自らを紹介した。
「佐伯…」
弦と聡真、二人が目を合わせた。
この土地で、この名を知らぬ者はいない。
「先ほどは世話になった、こいつも満足したようだ…」
真魚が、聡真に礼を言った。
「犬も不思議だけど、おじさんも不思議だ…」
聡真が、そう感じていた。
「犬ではないぞ、俺は神だ!」
聡真の足下で声がした。
聡真と嵐の目が合った。
「今、この犬喋らなかったか…」
聡真が弦の顔を見た。
弦が笑っている。
「馬鹿か、お主は!犬ではないといっておるぞ!」
嵐の声に聡真の開いた口が塞がらない。
「不思議な犬だろ…?」
真魚が笑っている。
「本当に神様?」
聡真が弦に確認する。
弦が黙って頷いた。
「変わっているとは…思ったけど…」
「神様とは…」
聡真が困っていた。
「お主も、あれを見たのであろう?」
真魚が聡真を見た。
「この浜で気付くとすれば、お主と、妹だけだ…」
「そんなことまで…おじさんは何者…」
聡真が、真魚の言葉に、驚いていた。
「ただ者でない…事は確かだ…」
弦が驚いたままの聡真に言った。
闇と戦う真魚の姿を弦は見ている。
「あの黒い影…」
「寒気がした、恐ろしいものだった…」
聡真がその記憶を辿っている。
「九も、海の中に隠れて出てこなくなった…」
「あんなものが、この世にいるなんて…」
聡真が感じたものは、概ね間違ってはいない。
「あれは、この世のものではない…」
真魚が答えたこの部分だけが間違いであった。
「そんなものが、どうして…」
聡真は不思議であった。
今まで、そのようなものは出てこなかった。
「俺の怒りが…呼んだのかもしれない…」
弦がそう言った。
「千潮が泣いていたんだ…だから俺は…」
「この人達に、何かされたのだと思って…」
弦が自らを畏れていた。
怒りに任せ、我を忘れた。
千潮を守る為に、怒りを解放した。
その結果、あれが現れた。
全ては、弦の誤解が生んだものであった。
だが、自分の中にあれを呼ぶ力が存在する。
弦はその事実を知った。
「誰にでも、ある力だ…」
「光を導くことも、闇を呼ぶ事も出来る…」
真魚が二人に言った。
「おそらく…修行で身についていたのだ…知らぬ間にな」
「俺は…好きでやっている訳では…」
そう言いながらも、弦には覚えがあった。
「きづいていなかっただけだ…」
真魚が弦を見て言った。
「力を持つと言う事はそう言うことだ…」
「人は、光にも、闇にもなれるのだ…」
真魚は二人の少年に向かって言った。
人が生み出す、相反する力。
二人の少年は、その事実を心に刻んでいた。
続く…