空の宇珠 海の渦 外伝 魂の器 その四
「玄武!」
手刀印を組んだ真魚が、叫んだ。
光の盾が、弦と千潮を包み込んだ。
「ここから絶対に出るな!」
真魚は、そう言い残して、光の壁を抜けた。
「嵐、丁度よかったな…」
真魚が笑みを浮かべた。
「そうだな…」
嵐がその言葉を話し終えた時、既に何かを咥えていた。
闇が、嵐を畏れている。
弦にはそう見えた。
だが、事実はそうではない。
闇に畏れなど無い。
嵐の動きが速すぎて、そう見えるだけだ。
実際に弦の目は、嵐の動きを捉えていない。
「すごい…神様って…」
だが、千潮には見えているようだ。
「千潮…お前、見えているのか…」
弦は、千潮の視線を追った。
「青龍!」
真魚の棒が碧く輝いている。
その光が舞い上がり、形を創る。
龍となった光が、闇の中へ飛び込んでいった。
碧い龍が光り輝く。
同時に、闇が固まって行く。
龍が首を抜くと同時に、黒い塊は粉々に砕けた。
そして、塵になって消えていった。
「少し、もの足らぬか…」
嵐が、唇を長い舌で舐めた。
その時には、碧い龍の姿は消えていた。
「なんだったんだ…今のは…」
弦は、夢を見ているようであった。
その横で、千潮が顔を伏せて泣いていた。
「千潮、どうしたんだ!」
「いたんだ…やっぱり…神様って、いたんだ…」
千潮はそう言って泣いていた。
「神様?」
弦はその事を知らない。
「俺のことだ」
弦の側に、子犬の嵐が座っていた。
「い、犬が喋った!」
「お主は馬鹿か?」
「犬では無い、神だといっておろうが!」
嵐がそう言っても、弦には信じられない。
全てが、夢の様な出来事なのだ。
「俺は…頭がおかしくなりそうだ…」
弦が、千潮の側に座り込んだ。
「弦だって見たでしょ…」
千潮が涙を拭きながら、笑っていた。
「無理も無い…」
真魚が笑っている。
時間にすればほんの一瞬。
同じ浜にいる漁師たちも、気付いてはいないだろう。
「怒りの波動が、闇を導いた…」
真魚が弦に言った。
「波動…?」
弦が、真魚を見た。
「お、俺は千潮を守ろうと…」
「そういえば…千潮」
呼ばれた千潮が、弦を見た。
「お前、取り憑いていた何かが、落ちたようだな…」
千潮の心の変化を、弦は気付いていた。
「神様はいたんだって、わかったから…」
「ずっと、神様が助けてくれると思っていた…でも助けてくれなかった…」
「でも、見て…触れたの…」
「なんだか、すっきりした…」
「痞えていたものが、取れたみたい…」
千潮はそう言って笑った。
「初めて見たよ…笑った顔…その方がいいよ…」
弦は頬を赤らめ、千潮から視線をそらす。
「でも、あれが神様か…」
子犬の姿をした神。
弦には信じられない。
教わってきたものとはまるで違う。
だが、千潮の心を救い、変えたことは事実だ。
「神は見ているだけだ…千潮は自らの手で触れたのだ…」
真魚が二人に向かって言った。
「私が…」
あの時、何かを感じ、身体が勝手に動いた。
千潮は、自らの手を見ていた。
嵐に触れた時の心地よさ。
「あれが…波動なの…」
心の中を通り過ぎる風。
それは、千潮の全てを抜けて行った。
「神はあるものだ、遍く行き渡る風だ…」
「あるものを、気付かなかっただけだ…」
真魚がそう言った。
「こら、真魚!」
嵐が叫んでいる。
「これはどういうことだ!」
譲って貰った魚が、砂まみれになっていた。
「大事な食料を…」
「だから早くしろと言ったのだ!」
「食っておけば、こうならずに済んだでは無いか!」
どうやら先の話は、嵐の勝ちのようだ。
「やっぱり…俺は信じられん…」
弦が、嵐を見て言った。
千潮が笑って見ていた。
その想いを、大切に抱きしめていた。
続く…