空の宇珠 海の渦 外伝 魂の器 その一
柔らかな陽差しが、頬を温めている。
その側を、潮の香りが抜けて行く。
大海原を見渡せる丘の上。
一人の男が海に向かい、座っていた。
結跏趺坐。
その男は目を瞑り、瞑想をしていた。
その横で、銀色の子犬が、海を見ていた。
「おい、真魚、あれは何だ」
子犬が喋った。
真魚と呼ばれたその男が、目を開けた。
「ほう…」
目の前の海で、漁が行われていた。
それは、別に不思議な事ではない。
「嵐、あれを知らぬのか…」
真魚と呼ばれた男は、子犬にそう言った。
「知らぬぞ、大きな魚か?」
「あれだけ大きいと、食べ応えがあるな」
子犬の妄想は膨らんでいる。
「あれは、魚ではないぞ…」
男は呆れた様子で、子犬に言った。
「海にいるのに、魚ではないのか?」
「形は魚ではないか!」
子犬は、その事が不思議でならない。
「あれは入鹿魚という動物だ」
「あれが、動物なのか!」
男の答えに、子犬が驚いていた。
「だが、食えるのだろ?」
子犬の妄想はまだ消えない。
「食おうと思えばな…」
「だが、あの者たちに、その気はなさそうだ…」
真魚は漁をする者達を見て、そう言った。
「それは、俺も分かっておる…」
「分かっておるから、聞いたのじゃ…」
嵐は、漁をする者達の行動を、不思議に感じたのだ。
「大きな物を獲らぬとは…人と言うのはおかしな生き物じゃな…」
子犬の嵐が、そう言って呆れていた。
浜には人が集まって来た。
一艘の船が、浜に近づいている。
「!」
子犬の嵐が、何かを見つけた。
「どうした?」
真魚は、嵐の波動の変化に気付いた。
真魚の目には遠すぎて見えぬが、嵐には見えている。
人混みの中に、一人の少女がいた。
「似ている…」
嵐はそう言って、その少女を見ていた。
そんな筈は無い。
こんな所に、いるはずがないのだ。
嵐はそう思っている。
だが、その波動は揺れていた。
「あそこに…食い物があるな…」
真魚は、態とそういう言い方をした。
「少し、分けて貰うか…」
真魚は、立ち上がってそう言った。
海辺の岩場の上に、一人の少年が座っていた。
漁の様子を眺めていた。
一重まぶたで瞳は小さい。
下唇が厚めだ。
歳は十五、六歳程であろうか。
頭を丸めている。
坊主のようであった。
坊主と言っても、まだ下働きの修行中。
そんな感じだ。
そこに、一人の少女が現れた。
少年と同じ年頃。
長い髪が、潮風に揺れている。
二人の距離が、お互いを知る距離だ。
「おじさんに言われたのか…」
少年が海を見たまま言った。
少女は答えずに頷いた。
少年には見えていない。
それが、この少女の答え方であった。
何処かに陰りがある。
何処かに怯えがある。
それは、開かれない心の答えであった。
続く…