空の宇珠 海の渦 外伝 精霊の叫び その二十六
真魚の懐の中で、鈴が鳴った。
後鬼からの合図だ。
同時に聞こえる覚の叫び声。
「間違いない…」
「皆、逃げろ!水が来るぞ!」
真魚が叫んだ。
「何なのだ!」
頭が驚いている。
「覚の声だ、水が来るぞ!」
「本当か?」
「皆を逃がせ!命を守れ!」
真魚がそう言った。
「急げ!早く、逃げろ!」
頭が皆に避難を命じた。
予め作っていた避難道から、皆が逃げていく。
そこには谺と崑の姿もあった。
覚の声は谺にも届いている。
谺はその事を確信していた。
「菜月はもう逃げたのか…」
谺は、菜月の事を案じていた。
その時…
遠くの畑に、人影が見えた。
「菜月なのか!」
谺の中で、何かが動いた。
「崑、先に行ってくれ!」
谺はそう言うと、走った。
「谺!そっちは危険だぞ!」
今の谺には、崑の声も聞こえなかった。
川沿いの道を、脇目もふらず菜月に向った。
「嵐!」
真魚が嵐を呼んだ。
その瞬間、真魚が消えた。
「真魚…お主…」
頭だけがその事実に気付いていた。
「俺を、あの崖の上まで運んでくれ!」
その先に、岩の崖が見えていた。
「堰が三つあれば村は救える…」
「お主…最初から、そのつもりであったな…」
嵐は、真魚の言葉に呆れていた。
「無ければ、創るまでだ…」
嵐は、真魚を崖の上に運び、姿を消した。
「飯の借りは…返さぬとな…」
真魚が笑っていた。
真魚の手には、例の棒が握られていた。
手刀印を組み、真言を唱える。
七つの輪の光が、真魚を包み込んでいく。
真魚の棒が七色に輝きだした。
膨れあがる生命の耀き。
大気が震えている。
「吽!」
真魚は崖の岩に棒を打ち込んだ。
岩が裂け、大地が揺れた。
だが、そこまでであった。
それ以上、何も起こらなかった。
真魚の眼下の谷に、水が届いた。
真魚は更に霊力を高めた。
その時…
「面白き男よ…お主は何故に、そうする…」
真魚の目の前に、覚が現れた。
「命は輝かねばならぬ…神が創りし理の…」
そこまで言いかけて、真魚は息が切れた。
鬼の様な形相で、覚を見ている。
「理の答えか…」
「それもよかろう…」
覚りはそう言って、ある場所を指さした。
「面白き男よ…そこではない、ここだ…」
覚が指で示した場所。
明らかな地質の分かれ目が、見えた。
「俺とした事が…そんなものを見落としていたのか…」
「だが、俺に、もう霊力は残っていない…」
「諦めるのか…回路は一つではないのだぞ…」
覚がそう言って、真魚に触れた。
その瞬間…
光が真魚を包み込んだ。
「これは…」
真魚の中に生命が流れ込んできた。
「私も長く生きた、この力…お前に預けよう…」
真魚は、棒を一度抜いた。
うおおおおっ!!!
渾身の力を込めて、その場所に棒をたたき込んだ。
どおん!
大地が揺れた。
「面白い使い方を教えてやろう…」
覚がそう言って、棒の尻を指で押した。
ごごごごごっご…
大地の中を、何かが動いていく。
どおおおおおっつ~
岩の崖が裂けた。
崖そのものが谷に落ちていく。
覚の身体が揺れ始めた。
「私は共にある…永遠にな…」
覚はそう言うと、塵になって消えていった。
「その心…我が心と共に…」
真魚はそう言って、空中に飛んだ。
光が奔った。
「なかなか、やるではないか…」
嵐が真魚を乗せて、笑っていた。
「嵐、あっちだ!」
落ちた岩が、水の流を変えた。
谷の底には、三つ目の堰が出来ていた。
続く…