空の宇珠 海の渦 外伝 精霊の叫び その二十四
一瞬で雲を抜けた。
「わぁ!前より速い!」
菜月は嵐の首に抱きついた。
「一体、どこまで行くのだ…」
桜が気にしている。
大地は小さくなり、海が見えている。
嵐の霊力に守られていなければ、生きてはいられない。
「これが、寄り道か…」
桜はそう言いながらも、楽しんでいた。
今まで見たことがない世界。
嵐に出会わなければ、観る事が出来なかった。
「大地って、丸いんだ…」
菜月が感動していた。
「何が上すらも分からぬ…」
桜の言葉は、ある意味で真実であった。
「お主らは正反対だが、互いに必要なものじゃ…」
「俺と兄者に似ている…」
嵐がそう言った。
嵐にしてみれば、空間の距離は関係ない。
どこにいても一瞬で戻れる。
相容れぬ二つの魂。
その距離の方が厄介である。
かつての嵐と、操られた青嵐のように…
すれ違う心の距離は、計り知れない。
「嵐にお兄さんがいたの?」
「そうだ、少し前まではな…」
「今は…いないの?」
菜月は、嵐を気遣った。
「今もいる…俺の中にな…」
「死んじゃったの?」
「そうではない…融合したのだ…一つになったのだ…」
その言葉を聞いて、菜月は安心した。
「互いの力を合わせるのだ…」
「そうすることで、もっと自由になれる…」
「どういうこと?」
菜月は嵐の言った意味が分からない。
「目をとじて心を拓け…」
嵐が二人に言った。
「心を拓く…」
菜月は、その言葉に惹かれた。
言われるままに目を閉じた。
「あ…」
「音が聞こえる…」
菜月がそれを感じた。
「波動だ…」
「波動?」
「この世を遍く行き渡る、波だ…」
「心地いい…」
菜月は目を閉じた。
その波に身を任せた。
「あれ…」
「桜…?」
菜月は不思議な感覚に囚われた。
その波を通して桜を感じた。
「面白い…」
桜もそれを感じていた。
「その波を通して、全ては繋がっている…」
嵐が言った。
「これって…」
桜が気づいた。
「まさか…」
菜月が感じた。
「それでいい…」
嵐がその答えを言った。
「わぁ…!」
金色の光の粒が舞い降りていた。
気がつくと、二人は金色の光に包まれていた。
次の朝、日の出の前に役人達が動き出していた。
山道を登る姿が見える。
既に陽が動き、時間が過ぎていた。
足取りはだんだんと弱くなっていく。
勿論、牛車などはない。
歩いて行くしか方法は無い。
付き人に挟まれ、男が歩いている。
前の付き人が時折、振り返って様子をうかがっている。
日頃、身体を動かすことなどない。
既に、男の身体は悲鳴を上げている。
だが、鬼のような顔をして歩いている。
今、この男を支えているのは、つまらない自尊心だけだ。
はぁ、はぁ…
「あと、どれくらいだ…」
口を開けたまま男が言った。
心臓と肺が、悲鳴を上げている。
「あの山の向こうでございます」
付き人が、枝の隙間から見える山を指さした。
「この辺りで一息、いかがですか…」
付き人が、気を遣って言った。
「間に合うのか…それで…」
男は、息を切らしながらそう言った。
「大丈夫です、間に合います」
「そうか、それならいい…」
男はその場に座り込み、竹筒の水を飲んだ。
続く…