空の宇珠 海の渦 外伝 精霊の叫び その二十三
菜月と桜は、ただならぬ衝動に動かされ、家を出た。
「お姉ちゃん何処かに行くの?」
家の外では、睦月が嵐にいたずらをして遊んでいた。
「止めないと…」
菜月が言った。
「何を止めるの?」
睦月が菜月に聞いた。
それが素直な反応だ。
「何って…これよ…」
菜月は手を広げた。
「睦月にだってわかるでしょう?」
「わかるけど…何かまでは…」
漂う…重き波動。
睦月にもそれは分かる。
だが、具体的に何が原因かは分からない。
「仕方ない奴らだ…」
嵐が目を開けた。
「俺がついて行ってやる!」
嵐がそう言うと立ち上がった。
「嵐…あなた、ひょっとして…」
桜が感じた疑問。
なぜ、嵐がいるのか…
その答えが、ようやく分かった。
「え~、嵐まで行っちゃうの~」
睦月の不満は、遊び相手がいなくなることだ。
「睦月、その時は近いぞ…」
嵐が睦月に言った。
「え…」
睦月が、驚いた様子で嵐を見た。
「嘘はつかぬ…たきの言う事を聞け…」
嵐のその言葉で、睦月はたきの元に走った。
「真魚は今、手を離せぬからな…」
面倒な様子で、子犬の嵐が歩き出した。
「嵐、目当てがあるの?」
菜月が嵐を追い越し、前に回った。
「俺を誰だと思っておるのだ…」
嵐が座って菜月を見上げた。
「頼もしい、神様?」
「?は余計じゃ」
嵐がそう言って、霊力を解放した。
その霊力に大気が押され風が舞い上がる。
「きゃぁ!」
菜月が叫んだ。
金と銀の縞模様の美しき獣が現れた。
「乗れ、行くぞ!」
嵐が二人を誘う。
「嵐に任せるわ!」
菜月がうれしそうに嵐に飛び乗った。
着物が捲れ、足が見えても気にしない。
「仕方ない…」
桜も菜月に従った。
「しっかり掴まっておれ!」
嵐がそう言った瞬間には、雲の上であった。
付き人は、感情に振り回されて動く男に、戸惑っていた。
「お待ちください!」
「その場所までは、半日はかかります」
「今からですと、夜は山で過ごす事になります!」
付き人が、その事実を役人の男に告げた。
「それを早く言え!」
男が立ち止まった。
「では、明日、日の出と共に行くぞ!」
「どうしても…行かれるのですか…」
付き人が心配している。
慣れない山を歩かねばならない。
「この目で見ぬまでは…納得出来ぬ…」
男の決意は固いようであった。
「やれやれ…」
木の上から覗く影。
前鬼であった。
「難儀な男じゃのう…」
前鬼は呆れていた。
「典型的な破滅型じゃな…」
感情に振り回され、行動を起こす。
問題は、その事に気づいていないことだ。
怒りや畏れが生み出す感情。
全てに、この男の自尊心が絡んでいる。
「人の上に立つ者がこれでは、下の者は大変じゃろうな…」
前鬼は付き人に同情していた。
「一度、媼さんの所に戻るか…」
前鬼は、木の枝を飛んで森に消えた。
続く…