空の宇珠 海の渦 外伝 精霊の叫び その二十
「覚…」
その叫びを菜月は聞いた。
側にいた桜も聞いていた。
「菜月、何だか変よ…」
何かが起ころうとしている。
菜月と桜は、その事を感じ取った。
菜月は、意識の羽を広げた。
桜も、その感覚を研ぎ澄ます。
「私には…分からない…」
言葉では無い。
その叫びの全てを、理解することが出来ない。
ただ、何か危険が迫っている。
それだけは感じ取っていた。
「おばあちゃんに、聞きにいくよ!」
桜もそれは同じであった。
菜月と桜は、急いでたきの元に走った。
「あれ!」
たきの家に着くと、家の前に嵐がいた。
睦月と遊んでいた。
正確には、寝ている嵐に睦月がちょっかいを出していた。
「睦月!村の一大事に遊ぶ暇なんてあるの?」
「あ、お姉ちゃん、遅い!」
菜月を見た睦月がそう言った。
「遅いって…来ること、わかっていたの?」
菜月は睦月の行動に驚いていた。
先を読まれた。
そう思った。
「たきばあちゃんがね…」
睦月が舌を出した。
「そう言うことだと思ったわよ!」
菜月がそう言いながら家に向かった。
「嵐はどうしてここにいるのだ?」
桜がその事を不思議に思っていた。
いつもなら真魚と一緒だ。
だが、真魚は村人と一緒に、堰を作っていた。
「たきばあちゃん…」
菜月はたきを呼んだ。
「邪悪な気配がする…」
たきは、床に座り目を瞑っていた。
「不安が…それを、引き寄せている…」
たきのその言葉が、菜月をその感覚に導いた。
「そういえば…重い揺らぎ…」
ゆっくりとうねる、波のような波動。
大きく緩やかな為に、言われるまで気づかなかった。
「そういうこと…」
桜もある事実に気づいた。
桜も、たきに言われるまで気づかなかった。
滝の裂け目。
その場所に近いこの辺りは、その波動に影響されている。
水で言えば、澄んでいる状態だ。
濁りが入れば直ぐに分かる。
菜月と桜が、直ぐに気づかなかったのは、そう言う分けがあったのだ。
菜月と桜が感じた二つの事実。
たきはその事を感じ取り、二人に告げたのだった。
「村人の不安が…引き寄せているの…」
菜月はそう感じた。
一人の不安では無い。
村全体が不安に包まれている。
一度感じた波長は、更に感度を上げる。
菜月は戸惑っていた。
その事実が本当ならば、噂を広めた自分たちにも責任がある。
菜月はそう思った。
「菜月…これは仕方の無い事じゃ…知らねば皆が死ぬ…」
その心を、たきは見透かしていた。
迫る危機に、不安を抱かぬ者などいない。
それは、菜月も桜も同じであった。
それよりもやるべき事がある。
重い空気を変えるには、希望を見つけるしか無い。
そのために真魚達は堰を作っている。
「村の外から来たものがおるはずじゃ…」
たきは二人にそう言った。
「誰かが…何かを引き連れて来たの…」
菜月はそう思った。
「火種じゃ…」
たきが言った。
「火種…?」
菜月は、それを理解出来ないでいた。
「燃えるものは溢れておる…」
たきが手を広げてそれを包み込む。
「不安…この波動…」
たきの言葉が、菜月の中で繋がっていく。
今起きている現象。
全てに結びついていく。
「それが…覚の叫びの意味…」
桜がつぶやいた。
「ありがとう、たきばあちゃん!」
菜月の波動が広がった。
「堰はまだ出来ていない…」
「止めないと!」
菜月が次の瞬間には、動き始めていた。
「菜月め…一体何を止める気じゃ…」
たきは、二人の後ろ姿を見て笑っていた。
「光が…射した…」
「真魚殿のおかげか…」
たきはその姿を、微笑ましく見つめていた。
続く…