空の宇珠 海の渦 外伝 精霊の叫び その十七
木樵の男達が集まっていた。
総勢五十人程の男が集まっている。
「男ってばかなの?」
菜月がそれを見て呆れていた。
「馬鹿げている…」
桜が悪態をついた。
村の未来を、力比べで決めるなんて相当の馬鹿だ。
桜はそう思っていた。
その横にいる菜月も同じ考えである。
既に作業場は賭場と化していた。
木樵のほとんどが頭に賭けていた。
「これじゃあ、賭けにならんだろう!」
仕切っているのは崑だ。
「菜月、真魚に賭けろ…」
足下で声がした。
子犬の嵐が上を向いていた。
「嵐!」
「俺にいい考えがある…」
菜月は膝をついて、嵐の口元で耳を傾けた。
「誰もいないのか!あの男に賭ける奴は!」
崑が催促している。
「私が、真魚に賭ける!」
おおお~
その声に場がどよめいた。
見ると、菜月が手を上げていた。
お頭が負けるはずが無い。
それを否定した者がいたからだ。
「いいのか菜月、お前一人だぞ!」
崑が菜月をからかった。
「いいわ、私が背負ってあげる…」
菜月が啖呵を切った。
真魚と頭が両手を組んだ。
その廻りに円が描かれた。
足下を囲むほどの小さな円だ。
その円から出るか、倒れるか…
それが負けである。
谺が審判を務めた。
「始め!」
その声で真魚と頭は力を入れた。
だが…
二人はぴくりとも動かなかった。
その事実が男達を黙らせた。
「どうしたんだ…お頭…」
「お頭が…動かないぞ…」
動かないのではなく、動けないのだ。
それが、男達には分からない。
『お頭は強い!』
その固定概念が、事実をねじ曲げている。
明らかに優勢なのは真魚だ。
お頭の額から流れる汗。
それに比べて真魚は涼しい顔をしていた。
「真魚…あなたって…」
菜月が驚いている。
身体は真魚の方が遙かに小さい。
だが、その真魚に、頭が手を焼いている。
「もういいだろう…」
真魚が言った。
「これは、けじめだ最後までやるぞ…」
頭は真魚にそう言った。
「ならば…」
真魚が少し腰を下げた。
ほんの少しだ。
次の瞬間。
お頭の足が、円の外に出ていた。
おお~!!!
場がどよめいた。
「か、頭が負けた…」
男達は肩を落とした。
「そういうことか…」
桜は気がついた。
この男は、万が一にも負けることは無かったのだ。
最初から…
この事実は、できあがったものであったのだ。
「お主、本当に人か…」
頭が真魚にそう言った。
負けるはずが無い。
嵐は確信していた。
あの重い棒を持って、毎日歩いて来たのだ。
それは、嵐が一番よく知っている事実だ。
「みんな、これからしばらく、真魚の言うことを聞いて貰うわよ!」
菜月が叫んだ。
嵐が託した知恵。
それはこういうことだったのだ。
「仕方ないな、みんな!」
頭は潔く負けを認めた。
「男って本当に馬鹿よね…」
桜はお頭の言葉で気づいた。
お互いにこの勝負は分かっていた。
人を動かすための、心だったのかも知れない。
そう思った。
菜月もその事に、気づいている様であった。
続く…