空の宇珠 海の渦 外伝 精霊の叫び その十六
風が吹き始めた。
太陽の光が大地を温めている。
この愛おしい程の温もりが、村を滅ぼす。
菜月は、その想いに苦しんでいた。
「菜月…」
崑と話をしていた谺が、菜月を見つけた。
「桜もいるのか…」
そうつぶやいた谺だったが、一番気になったのは真魚の存在であった。
「あの男…まだいるのか…」
崑が真魚を見て言った。
「こだま~、ちょっと下りてきてよ!」
菜月が谺を呼んだ。
「仕事中だぞ!」
「大事な話があるの!」
大事な話。
その言葉で、谺は仕方なく菜月のもとに向かった。
「お前は来なくていいだろ…」
「まあ、いいだろ…」
崑がそれとなく、谺につきそう。
それには下心がある。
側に桜がいたからだ。
「ややこしいのが一緒に来たわ…」
菜月が呆れていた。
「仕方ない…私が面倒見るわ…」
桜も呆れていた。
「仕事中に何だ、桜まで…」
「私が最近、ここに来たことある?」
桜が谺に食ってかかった。
「ない…な」
その圧力に谺が押された。
「考えればわかるでしょ!」
桜が谺を圧倒していた。
「谺、ちょっと来て…」
今は、崑に話を聞かれたくない。
菜月が谺を崑から引き離した。
「あんたはこっち!」
桜が、崑を谺から離した。
「あんた、お酒を造っているんだって…」
「その話、聞かせてくれない…」
桜がそう話を切り出した。
「谺の奴…もう言ったのか…」
そう言いながらも、崑はうれしそうであった。
好きな女にする自慢話は楽しいものだ。
だが、聞いている女は退屈かもしれない。
男は皆、単純である。
菜月は、崑達に聞こえないように、声を落とした。
「谺、真魚を頭に会わせて欲しいの…」
その理由も言わず、菜月は谺にその旨を伝えた。
「どういう…事だ…」
谺が理由を知りたがるのは、当然のことだ。
「覚の声を聞いたな…」
真魚が言った。
「村が危ない…」
真魚の言葉に菜月も頷いた。
「見てきたの…私…」
「見てきた…何をだ…」
谺は菜月の話について行けない。
「覚の警告、その場所よ…」
「場所ってなんだ…何かあるのか?」
「この奥で山が崩れている」
「そこに、水が溜まっているの…」
「あのあたりの山は大分前に…」
そこまで言いかけて谺は気づいた。
「まさか…谷が全部埋まったのか…」
「そうよ…もう水が溜まって、湖になっている…」
「崩れた土は脆い…固まっていない…」
谺はすでに事の真相にたどり着いていた。
「決壊すれば村が、流される…」
菜月がその未来を言った。
だが、その未来はまだ起きてはいない。
最悪から逃れる事が、出来るかもしれない。
「お主らの切った木で、堰を作りたいのだ」
真魚が谺に言った。
「この木は行く先が決まっている…」
「だから、なのよ!」
「真魚を頭に会わせて欲しいの…」
菜月は谺の目を見て腕を掴んだ。
「わかった…」
自分たちの仕事が無関係では無い。
谺はその事実に落ち込んでいた。
とぼとぼと山を上がっていった。
しばらくすると、谺が一人の男を連れて、山を下りてきた。
身体は谺より大きいかもしれない。
髭を蓄え、頭に布を巻いている。
目は大きめであるが鋭い。
「俺に会いたいというのは…」
木樵の頭はそう言うと真魚を見た。
「ほう…いい体をしている…」
既に、真魚の力を見抜いているようだ。
「どういうご用件で…」
「この山の奥に、以前仕事をした場所があろう…」
「一番奥の…ですかな…」
「そうだ、そこの山が崩れ、谷を塞いでいる」
「そこに…水が溜まっている…」
「水…」
頭は怪訝な表情を見せた。
「谷が埋まり湖が出来ている…」
「いつの間に…」
頭は気づいてはいなかった。
だが、疑いはしなかった。
山が崩れることは良くあるからだ。
「このままだと村が危ない…」
「村が!」
頭の顔色が変わった。
無理も無い、村には家族がいる。
「ここにある木で堰を作って貰いたい…」
真魚が言った。
「何だと…この木は倭への…」
「でも、村が…」
「菜月!」
菜月が言いかけたが、それを谺が止めた。
「では、こうしよう…」
「俺が、力比べでお主に勝ったらということに…」
真魚がそう言って笑っている。
「面白いなお主…」
「わかった!身体は嘘はつかぬ!」
自らの体験からそう思っているのだろう。
その名言は、意味不明であったが、真魚は気に入っていた。
続く…