空の宇珠 海の渦 外伝 精霊の叫び その十五
覚の声を聞いて真魚が言った。
「嵐、覚をたのむ!」
その声の変化を、真魚は聞き逃さなかった。
「忙しいな…」
子犬の姿に戻っていた嵐が、再び霊気を開放した。
「きゃぁ!」
突風が巻き起こり、菜月が叫んだ。
次の瞬間には嵐の姿は無かった。
「何て…速いの…」
桜が呆然としていた。
「さっきは、二人を乗せていたからな…」
真魚がそう言って笑った。
「手加減してたんだ…」
桜が笑みを浮かべていた。
「桜、何だかうれしそうじゃない?」
その笑みを、菜月は見逃さなかった。
「全ては、人が起こしたことだ…」
「それを、物の怪や神が助けてくれているのだ…」
「これが、笑わずにいられるか…」
「全く…情けない話だ…」
桜は、吐き捨てる様にそう言った。
「倭にこびを売る、無能な役人がいるからだ…」
「鉄が採れぬなら、別のものにすれば良い…」
真魚がそう言った。
「だけど、もう取り返しはできない」
「そうでしょ、真魚!」
菜月は未来を見ていた。
「だったら、違う未来を創らなきゃ!」
菜月はそう言った。
「変わったね、菜月…」
桜が笑って菜月を見た。
「一体…何があったの?」
桜は菜月の変化に驚いていた。
「見えるのよ…未来が…」
菜月がそう言った。
「ばあちゃんと同じ力…」
桜はその力を知っている。
「桜にも、あるだろう…」
真魚が桜を見た。
「私にも…」
「先ほど言っていたではないか?」
「物の怪や神が助けてくれている…」
「あのこと…?」
「それは、間違っていない」
桜を見て、真魚が微笑んだ。
しばらく行くと森が切れた。
そこは木樵の作業場であった。
覚はあっさりと嵐に捕まった。
嵐より速いものはこの世には無い。
嵐が覚と対峙していた。
「覚…態とか…」
嵐が覚に言った。
「まさか、お主の様なものが…まだいたとはな…」
覚は嵐を畏れている。
嵐がその気になれば、覚などひとたまりも無い。
力の差は天と地ほどある。
「なぜ、民を救おうとする…」
嵐はそれが気になっている。
人のことなど放っておけば良い。
それが、自然の成り行きというものだ。
「私は私であって私では無い…」
「真魚のような事を言うな…」
「あの、小僧の事か…」
「お主こそ、それだけの霊力を持ちながら、なぜ人に従う…」
「あの男の霊力が、今の俺を支えている…」
「簡単に言えば運命共同体だ…」
嵐がその事実を告げた。
「なるほど…面白い…」
「そういえばその首輪…何処かで見たことがあるな…」
覚はそう言って笑った。
「俺は長い間かけて、できあがった…」
「想いや感情の糸が集まった、結び目のようなものだ…」
覚が自身の成り立ちを語った。
「その中に人の想いも存在する…」
「草や木の想いも詰まっている…」
覚が言ったことは嵐にも理解出来た。
覚という器の中に詰まった、波動の記憶。
それが、覚の生命そのものであった。
それは人の記憶が、人格を創り出すのに似ている。
形はないが、確かに存在している。
それは、神も同じ事だ。
「村も人も山も森も…全ては私自身なのだ…」
「手は貸せぬが、知恵は貸せる…」
覚がそう言った。
「危ないのだな…」
嵐が見た事実を確認した。
「昔は、私の声を聞ける者が沢山いた…」
「もう少し…早く気づいてくれれば、こうはならなかった…」
それが、覚の出した答えだった。
続く…