空の宇珠 海の渦 外伝 精霊の叫び その五
嵐が岩をくぐるとそこは空洞になっていた。
そこそこの広さがある。
平らな二つの岩が斜めに寄り添った形。
人という字のように、その空間は存在していた。
一番高いところは、大人が手を伸ばした位はあるだろう。
上に穴が開いているのか、うっすらと明るかった。
人の目では慣れるまで苦労するだろう。
だが、夜目の利く嵐には何てことは無い。
「これは…」
壁に何かの文字と絵が書かれている。
その側に子供が寝ていた。
十歳ほどの女の子である。
嵐は一応その顔に鼻を近づけた。
息はしているようであった。
それを確認すると、嵐は出口に向かった。
しばらくすると嵐が岩の裂け目から出てきた。
「いたぞ…」
嵐が言った。
「何してるのよ、あの子!こんな所で…」
菜月は怒りがこみ上げている。
「菜月も行けば分かる…」
真魚がそう言って笑った。
「入るの!」
菜月は真魚の言葉に尻込みをする。
「中は意外と広いぞ、入り口さえ我慢すればな…」
嵐が中の状況を説明した。
「知りたくないのか…」
睦月がこんな裂け目に入った理由。
菜月にも少しは興味があった。
「本当に大丈夫?」
「妹がいるのだぞ…」
嵐がその事実を菜月に言った。
「それも、そうよね…」
「俺の後をついてこい!」
嵐が先頭に再び裂け目に入ることになった。
「ほんとだ…意外に広いのね…」
菜月の身体でも何なく通れた。
直ぐに睦月を見つけた。
「睦月!睦月!」
菜月は身体を揺すって、寝ている睦月を起こした。
「あれ、おねえちゃん?」
睦月は寝ぼけ眼で言った。
「お姉ちゃんじゃないでしょ!こんな所で眠ったりして!」
一応、姉として言うことは言った。
「だって、気持ちいいんだもん、ここ…」
溢れる霊気。
それを感じている睦月。
「これだけの場所は、そうあるものではないぞ…」
真魚がそう言った。
壁に書かれた文字と絵。
それは、この場所が太古の昔から存在していたという証だ。
真魚にも読むことは出来ない。
「あの婆さんに聞いたのか?」
真魚が睦月に聞いた。
「この人だあれ?」
そういえば、睦月とは初めての対面であった。
「わざわざ、来てもらったのよ!」
「あんたの病気の謎が解けると思って…」
「佐伯真魚だ、こっちの子犬が嵐だ」
「犬ではないと言っておろうが!」
嵐が真魚の紹介を嫌った。
「い、い、犬が喋ったよ、お姉ちゃん…」
睦月は怖がって菜月に抱きついた。
「犬では無い、俺は神だ!」
嵐がきっぱり言った。
「そうなの…?お姉ちゃん…?」
やはり子犬の姿では説得力が無い。
「そうみたい…」
菜月もそうとしか言いようが無かった。
「睦月、ここはたきばあちゃんに教わったの?」
菜月が真魚の質問を聞き直した。
「そうよ…桜姉ちゃんと一緒に来たの…」
「桜と…何も言って無かったわよ、あの子…」
「だって秘密だもん、もうばれちゃったけど…」
睦月は無邪気にそう答えた。
「だいたい読めてきたな…」
真魚がそう言った。
「この場所は限られた者しか知らない…」
「密かに伝えられた場所と言うことだ」
「これだけの霊気だ、それも頷ける…」
精霊の声が聞こえるということと、無関係では無い。
「だったら…全部本当なの!」
「何かが起こるの…!」
菜月が戸惑っている。
「そう言うことになるな…」
真魚はそう答えた。
「何が聞こえているの睦月!」
菜月の中で何かが動いた。
何かは分からない。
理由も無い。
心の中で生まれた波動。
それに逆らう事は出来なかった。
「私には、山を壊すなと聞こえるだけ…」
睦月がそう言った。
「山を…壊す…」
「木を切るなって言うこと!」
菜月はそう考えた。
答えはまだ見えない。
「森は生命を育む…」
真魚が言った。
森の生命。
それが、失われる時何かが起こる。
「止めないと…」
菜月の心が揺れていた。
続く…