空の宇珠 海の渦 外伝 沈黙の微笑 その二十一
「では、次だ…」
嵐がそう言った時には海の上であった。
「これが…海…」
木葉も顔を上げていた。
「潮の香りがする…」
雫も海を見るのは初めてであった。
「こんなに広いのだな、海も…大地も…」
陽炎はその全てを感じ取っていた。
「ここだ…」
嵐が止まった。
小さな家が所々にある。
茅や藁の屋根。
ここに貧富の差は生まれない。
「ここは…」
雫は驚いていた。
「蝦夷の村だ…」
「蝦夷って、あの…」
木葉が知っている蝦夷は、真実では無い。
「そう思うのか?」
嵐が木葉に聞いた。
木葉は溢れる波動を感じている。
その心に受け入れていた。
「こっちの方がいい…」
木葉はそう答えた。
「私も…」
雫がそう感じた。
生命の耀きがそこにはあった。
「何が…違うの…」
雫は迷っていた。
噂に聞く都の話。
だが、雫の見た都は、想像とはかけ離れたものであった。
「次だ…」
「まだあるの?きゃっ」
雫が言い終わらないうちに、嵐が飛んだ。
「今度は上?」
雫が嵐にしがみつく。
木葉は必死に、その雫にしがみついていた。
五度ほど呼吸をしたであろうか。
「この辺りか…」
嵐が止まった。
「これは…」
陽炎は、その光景に口を開いたままだ。
「これは…大地なの…」
「大地って…丸いの…」
雫は頭の中がおかしくなってきた。
「目を閉じて、感じてみろ…」
嵐が言った。
三人は目を閉じた。
「あっ…」
光の渦が見えた。
「都も…蝦夷も…この中にあるの…」
全てがその光の中にある。
足すことも、引くことも出来ない。
ただあるだけだ。
存在することが事実で有り、全てであった。
「どういうことなの…」
雫が戸惑っている。
「それは、自らの心に問うて見よ…」
「自らの光で…」
嵐が言った。
雫は心に意識を向けた。
雫の七つの輪が発動する。
ゆっくりとその輪が回転を始めた。
だが、雫はその事に気づいていない。
無意識にしている。
「陽炎の子か…」
嵐は笑って見ていた。
心のずっと、ずっと奥。
行きたかった。
行けるところまで行こうとした。
「あっ…」
呼ばれているような気がした。
「そうか!」
雫は意識を集めた。
光が生まれた。
七つの輪が勢いよく回り出した。
光が大きくなる。
七つの輪がそれを生み出している。
自らの生命エネルギーが膨らんで行く。
雫はそう感じていた。
どんどん大きくなる光。
雫の身体が揺れている。
そして…
その光が弾けた…
「ああ…」
目の前に広がる…光の世界。
雫は、自らの力でその扉を開いた。
そして、気がついた。
「同じ…なの…」
大いなる慈悲の光。
目の前にある光の渦。
「同じ…生命…」
雫は涙を止められなかった。
「ありがとう、嵐…」
「お主には何と礼を言っていいのか…」
陽炎は二人の娘を見ていた。
木葉とは血のつながりは無い。
だが、陽炎にとって、そんな事はどうでも良かった。
木葉がいなければ、今の陽炎は無い。
それは、木葉にとっても同じ事だ。
そして、陽向であった雫を、救ってもらった。
「雫を助けたのは兄者だ、俺には関係ない…」
「だが、今もこうして導いてくれる…」
陽炎は嵐に感謝をしていた。
「あれこれ説明するのは苦手でな、見た方が早い…」
体験は自らを変える。
そして、行動は未来を変える。
嵐に深い意図はない。
だが、嵐がここに来た理由はそういうことだ。
「兄者が救った命の耀き…俺にとっても同じだ…」
嵐にとっても、雫は娘のようなものだ。
「雫に笑顔が戻った」
「そう言って、露が喜んでいたぞ…」
陽炎は、嵐にその事を伝えた。
「命は輝かねばならぬ…」
「その耀きが自らを救い、人を救う…」
陽炎がそう言った。
「真魚がよく言っている…」
嵐が、その言葉を聞いて笑った。
「私も…救われた…その光に…」
陽炎はそう言って微笑んだ。
「たった一つの光で、世界が変わるのだな…」
雫が生んだ笑顔の光。
それが、露の光を生み、辰の光を生んだ。
そして、陽炎を救い、また誰かを救う。
「あの光はそういうものか…」
星を覆う生命の光。
その波動を陽炎は感じていた。
「雫、木葉、良かったな…」
「みんなで来られて…」
陽炎が二人を抱きしめた。
愛しき娘の光を、抱きしめていた。
「おねえちゃんって、呼んでもいい?」
木葉は雫を抱きしめていた。
「うん」
雫は、木葉の思いを受け取った。
沈黙の微笑 完