空の宇珠 海の渦 第五話 その十一
嵐は真魚が話している間、外で紫音といた。
紫音は嵐が気になっていた。
「あなたは何なの?」
紫音は嵐の存在自体が不思議でならない。
「俺は神だ」
嵐が事実を言った。
「神???」
紫音の疑問は膨らむばかりだ。
「信じられぬのか?」
嵐が紫音に問う。
「形がある神なんて見たことないわ…」
紫音は嘘は言っていない。
「そー言うことか…」
そう言うと嵐は自分の事を語り始めた。
「俺はあるとき二つに分けられた」
「そして、俺は今の身体に閉じ込められた」
「その時の記憶は無い、今は元の一つとして存在している」
「この身体は依り代だ」
嵐は簡単に説明した。
「どうして元の姿にならないの?」
紫音の問いかけは素直だった。
「皆が驚くであろう、それだけだ」
嵐は少しの嘘を混ぜた。
「一つ聞いて良いか?」
嵐には気になることがあった。
「何?」
「倭と違い、ここは人が少ない…」
「倭の大群をどうやって追い返したのだ」
数で言えば圧倒的な差があるはずだ。
どう考えても嵐には納得がいかなかった。
「う~ん、強いて言えば…地の利かな?」
紫音はそう答えた。
「地の利とはなんだ?」
「それだけで追い返すことが出来るのか?」
「例えば雨が降るとするでしょ、川の水が増えるわよね」
「増えることが分かっていても、その量が問題なのよ」
紫音の説明はかなり丁寧だ。
まるで、嵐の性格を把握しているかのようだ。
「俺には頭の痛い話のようじゃな…」
既に嵐の頭はくすぶっている。
「くるぶしまでなら移動は出来る」
「でも、膝まで来ればもう無理」
「人は動けなくなる…」
紫音が言ったことはどこでも起きる。
その変化を捕まえられるのかが問題である。
「なるほどそういうことか…」
さすがの嵐の頭でもだんだんと分かって来た。
「私達はここで暮らしている」
「雲の動きや風の流れで、天気が分かるの…」
「私たちは一人じゃない、自然が味方をしてくれるのよ…」
紫音の答えは明快だった。
「それは神を味方にしているのと同じだ」
嵐は紫音にそう言った。
川で動けなくなった者達は、矢の標的になるだろう。
また、下流に流されてしまうかも知れない。
「それに、私達は子供の頃から馬に乗ってる」
「馬や弓の使い方は、倭には負けない!」
紫音は自信ありげであった。
「だが、気を抜くな、今度の相手は違うぞ」
嵐は紫音に事実を言った。
倭は最強の駒を送り出して来たのである。
都近辺から数万。
他かららも、どんどん兵が集まってくるに違いない。
どんなに戦い方が巧みでも、圧倒的な兵の数に対抗できるのかは疑問だ。
例えそれが素人の寄せ集めだったとしても…
「分かっている」
紫音は考え込んだ。
「でも、そのためにあなた達が来たんでしょ?」
嵐に向かって微笑んだ。
「それは真魚に聞け、俺にはわからん」
そう言って、嵐は責任を真魚に押しつけた。
「あの阿弖流為とか言う男もなかなかのものじゃ…」
嵐は遠回しに阿弖流為の探りを入れてみた。
「前の戦いを取り仕切ったのは、阿弖流為よ!」
「なるほどな」
嵐はその一言で、真魚の考えが分かったような気がした。
紫音は真魚の中の光に、蝦夷の未来を感じ取っていた。
続く…