空の宇珠 海の渦 外伝 沈黙の微笑 その十六
真魚の棒が朱く輝く。
「朱雀!」
その波動が空間を切り裂く。
真魚の棒から朱い光が舞い上がる。
それは頭上で、朱く輝く強大な怪鳥となった。
「征け!」
真魚が叫ぶと怪鳥は闇に向かって飛んだ。
怪鳥朱雀が炎を吐きながら、闇に向かっていく。
嵐は闇を食らっている。
その直ぐ横を朱雀が抜けて行く。
「相変わらず勝手な奴らだ!」
嵐が、朱雀の動きに機嫌を損ねた。
「どうなっているの…」
陽炎達は呆然とその様子を見ていた。
得体の知れない恐怖が迫ってくる。
もし、あれにつかまったら…
もし、あれに飲み込まれたら…
その幻想が、恐怖を生み出していた。
皆が肩を寄せ合っている。
誰かに触れていないと不安なのだ。
誰でもいい。
その温もりが恐怖を和らげる。
そして、今…愛しき者がいる。
これ以上の温もりはなかった。
「何者なのだ…」
「なぜ…そうまでして…人を救う…」
陽炎は真魚の事を考えていた。
輝く真魚の身体。
そこから放たれる波動。
神をも操るその力。
陽炎はその事実に驚いていた。
そして、その力を使えばどうなるか…
陽炎はその事も分かっていた。
「陽炎様…」
木葉が不安げに陽炎の手をにぎった。
「心配するな、あの男が守ってくれる…」
陽炎がその手を握り返した。
「それに、ここにいれば安全だ…」
陽炎はその事を感じていた。
真魚が作った光の盾。
それすらも、陽炎には驚きであった。
「雫が、あの犬に心を開いたのは、偶然ではない…」
真魚が連れて来た子犬。
その神の犬が戦っている。
「あの波動を覚えていたのかも知れぬ…」
次元を伝わる神々しい波動。
陽炎はふとそう思った。
「赤ん坊の雫が…」
露が雫の顔を見た。
「覚えてない…」
「でも…懐かしい感じがした…」
雫の記憶の中にその事実は無い。
幼き無垢な魂。
その中にだけ、その波動が刻まれていた。
「人と言うものはおかしなものだ…」
魂の記憶。
それが、人を導いていく。
陽炎が皆を見て言った。
「今日、会ったばかりなのに…家族の様だ…」
陽炎が笑った。
「ほんとだ…」
雫が笑った。
光の世界…
その体験が全てを変えた。
お互いが、何年も一緒に暮らしている。
そう勘違いするほど、自然であった。
「繋がりとは、そう言うものか…」
陽炎が見た光の世界。
そこで見た本来の姿。
そこでは身体が幻想であった。
無くてもいい。
雫はその時、そう思った。
「もっと…いたかった…」
「戻ったときは、ちょっとがっかりした…」
雫が、その感動を思い出して言った。
「やっぱり…身体ってあるんだって…」
「でも、いいんじゃない?」
木葉が 、雫に向かって微笑んだ。
「わかったんだから…」
「繋がっているって…わかったんだから…」
木葉の陽炎への想い。
雫が陽炎の子供であっても、それは変わらない。
魂の絆…木葉はそれを感じていた。
木葉が雫の手を握った。
そして、雫を愛おしいと思った。
「そうよね…」
雫がその手を握り返した。
雫は木葉の思いを感じていた。
「だが、そこにこそ意味があるのかも知れぬ…」
陽炎は二人を見てそう思っていた。
続く…