空の宇珠 海の渦 外伝 沈黙の微笑 その十四
はぁはぁ…
息が切れている。
塊が太った身体を懸命に運んでいた。
陽炎の家は坂を登った上にあった。
見晴らしがいい村の一番上だ。
だが、今の塊にそんな事は関係ない。
その高さが恨めしいだけだ。
纏わり付くものに牽かれるように、思うようには進めない。
年月は塊の身体を変えてしまった。
だが、それも全てを他人任せにしてきたせいだ。
自ら創り出した不条理が憎しみに変わる。
全ての責任を他人に押しつける。
塊はそうやって生きてきた。
動かない身体。
動けない身体。
今は、自らが生み出したものなのだ。
「あの男…ただではおかぬぞ!」
いつの間にか、その矛先は真魚に向いている。
誰でも良い。
攻撃することが自分を守る。
自分は悪くは無い。
悪いのは常に自分以外の誰かだ。
息苦しさが続けば続くほど…
憎しみは膨らんで行く。
幻想という敵に対して…
自らが生んだ苦しみの理由を、この男は気づいていない。
「おっ!」
塊が石につまずいて転んだ。
手をついたが間に合わなかった。
顔を地面にぶつけた。
「くそおぉぉぉ!」
それがきっかけであった。
真魚が突然、小屋から飛び出した。
「塊か!」
そのものの方向を見た。
真魚はその波動をそう捉えた。
「丁度いい…腹が空いていたところだ…」
嵐が笑っていた。
「なんだ!これは!」
陽炎は既に気づいている。
「まさか…兄上か!」
「そんな筈は…」
いつもとは違う、覚えのある波動。。
寒気がする。
全ての生命が奪われる。
陽炎はその波動に戸惑っていた。
「これは、どういうことだ?」
陽炎が真魚に聞いた。
「どうやら扉を開いてしまった様だ…」
「何の扉だ…」
陽炎は、聞きたくないその答えを待っている。
「禁断の扉だ!」
真魚の答えは陽炎を驚かせた。
「禁断の扉だと…」
陽炎はその意味が分かるような気がした。
陽炎は大いなる光を見た。
全ての理を感じた。
「表があるなら、裏があると言うことか!」
陽炎がその理に気づいた。
「そうだ、この世は二極…」
真魚が言った。
「闇の扉だ…」
その答えを陽炎に告げた。
「そうか…」
陽炎は額を押さえた。
頭痛がする。
闇の扉の向こうから、何かが呼んでいる。
「この感じ…どこかで…」
陽炎の記憶の中。
だが、その答えは見つからない。
「ほう…」
真魚が笑みを浮かべた。
坂を登る塊の後ろ。
巨大な闇が口を開けて待っていた。
続く…