空の宇珠 海の渦 外伝 沈黙の微笑 その十三
塊の屋敷に使いの者が帰って来た。
「陽炎様に伝えてまいりました」
「それで…」
顔は使いの男を睨んだ。
「分かりましたと…」
「向こうの様子はどうであった?」
塊が気にしているのは真魚の事だ。
うまく行けば、難題を出して懲らしめる。
その方法を考えていたのだ。
「それが…」
使いの男が言葉に詰まった。
「それが何じゃ!」
塊はしびれを切らして怒鳴った。
「陽炎様が、何処かの娘と抱き合っていたのでございます…」
男は雫のことを知らない。
「泣いていたような…」
「何だと!」
塊は想像もしていなかった。
陽炎の涙。
「泣いていただと…」
塊はその理由を考えた。
他人の感情に触れて、泣くことはある。
だが、陽炎は人の心が読める。
その陽炎が感情に流されるのか?
「まさか!」
塊にある考えが浮かんだ。
「陽向か!」
そんなはずは無い!
辰という男の娘…
生きていれば陽向も同じ年頃の筈だ。
有り得ない!
塊は、その考えを打ち消した。
だが、思えば思うほど、不安が広がっていく。
「鶸、陽炎の所へ行く!」
塊は慌てた。
「いてっ!」
足を柱にぶつけた。
「おほほ…あなた、そんなに慌てなくても…」
鶸は事の重大さを把握していない。
「何を!呑気な奴だ!」
「あの娘が陽向なら、全てが終わるのだぞ!」
塊は鶸に罵声を浴びせ屋敷を出て行った。
「馬鹿な男…」
「私達が捨てたのよ、生きている訳が無いでしょう…」
鶸はそう言って笑っていた。
「もう我慢ならん!」
嵐は庭で寝転んでいた。
だが、すでに腹が減っていた。
寝ているからと言って、何もしていない訳では無い。
嵐がいることで、良からぬものが寄りつかない。
嵐が守っていると言っても過言では無い。
「ん!」
嵐がその波動に気がついた。
「あの男が、一番美味そうじゃがなぁ…」
仕方なく嵐は真魚の元に歩き始めた。
「気を付けろよ、あの男が来るぞ!」
小屋の入り口から嵐が言った。
「い、犬が喋った!」
辰と露が驚いている。
「犬では無い、俺は神だ!」
いつものように嵐が言った。
「雫も知っておるなら説明しておけ!」
「ややこしい!」
嵐が雫に向かって愚痴を言った。
ややこしいのはどちらであろうか…
「誰が見ても、信用しないわよ!」
雫の考えが、正しいと言えるだろう。
「真魚、そろそろではないか?」
嵐が意味深な言葉を言った。
「ここに着く頃には、できあがっておるぞ…」
真魚が笑みを浮かべた。
その笑みに、嵐の目が輝いた。
「そう来なくてはな…」
その瞬間、まばゆい光が嵐から溢れた。
その光で、大気が押され舞い上がる。
その風に小屋が飛びそうになっている。
まばゆき光の中に…
金と銀の光を放つ巨大な山犬。
嵐が本来の姿を見せた。
「すごい!」
雫は感動していた。
「こ、これは…」
辰と露がその姿を見て驚いていた。
「この…犬だ…あの時の…」
「色は少し違うが…間違いない…」
「雫を守っていた犬だ…」
辰がそう言った。
「何だと…」
「犬にさらわれたのでは無かったのか…」
陽炎は呆然としていた。
「そう言うことか…」
真魚はそう言って笑った。
それが出来るのはあの神の犬だけだ。
「犬の体温が無ければ雫は生きていなかった…」
「寄り添い助けを待った…」
「私達の姿を見ると、雫を置いて森に消えた…」
露がその時の事を話した。
「兄者かもしれぬ…」
本来の姿の嵐が言った。
それも今となっては分からない。
兄、青嵐は融合し共にいる。
「では、一体、誰が…陽向を…」
陽炎はその答えを既に見ていた。
「そうか!そうだったのか!」
陽炎はその手で自らの瞳を覆った。
涙をその手で隠した。
悲しいのでは無い。
それは、怒りの涙だ。
怒りを抑えようとする心。
その心の痛みだ。
陽炎の中で全ての出来事が繋がった。
もう、迷いはなかった。
「奴は、俺が頂く…」
嵐は陽炎の痛みを感じていた。
「お主は手を出すな!」
「俺が全部食らってやる…」
嵐の波動が広がる。
凄まじい波動が大気を押し広げた。
続く…