空の宇珠 海の渦 外伝 沈黙の微笑 その十二
声がした。
男の声であった。
声だけでは無い。
そこに纏わり付くもの。
「嵐の顔が目に浮かぶ…」
真魚が笑っていた。
塊の使いであることは直ぐに分かった。
「陽炎様、塊様が…」
小屋の外から声がした。
男が戸の間から顔を覗かせた。
だが、一歩も部屋に入ろうとはしない。
入れないのだ。
「兄上がどうしたのだ!」
陽炎の声が響く。
「お屋敷に伺えとおっしゃっています」
「なるほど…」
「皆で来いと言うわけだな…」
陽炎は使いの意味をそう受け取った。
「わかった…と伝えてほしい」
「はい」
使いの者は逃げるように去っていった。
「覗かれたな…」
真魚が言った。
見られた事で場が変わった。
紙の表裏が入れ替わる様に、世界が元に戻った。
だが、真魚と陽炎以外は呆然として、座ったままであった。
その余韻から抜け出せない。
その体験が全てを変えた。
そんな感じであった。
「兄上の事だ、何かを企んでいるかもしれぬ…」
陽炎は何かを感じていた。
「さて…どうするか…」
陽炎は廻りを見て笑みを浮かべた。
余韻の中に漂う、妙な雰囲気。
通い合った心。
見られてはいけないものを見られた。
そんな…気恥ずかしさが漂っていた。
「雫…今まで黙っていてすまなかった…」
辰が雫にそう言った。
「ううん、私も目が覚めた」
雫が笑った。
「今までのことが嘘みたい!」
雫が辰と露に笑顔を見せた。
「すっきりした…何もかも…」
雫は陽炎を見た。
「あなた方が、この子を助けてくれたのだな…」
陽炎が辰と露に向き合った。
「命は誰のものでもない…」
陽炎のその言葉に露が驚いた。
それは露が感じたことと同じだ。
「だが、ここまで育ったのは、あなたたちのおかげだ…」
「ありがとう…」
陽炎が二人に礼を言った。
「雫が生きたいように生きれば、それでいい…」
「私はそう思います」
露はそう心に決めていた。
「そうか…そうだな…」
陽炎が露の心を受け入れた。
「そう言うことだ、木葉…」
陽炎は木葉を見た。
「どこまでも…私について来てくれるか?」
陽炎が木葉を見た。
木葉の瞳から涙がこぼれた。
一番、聞きたかった言葉。
その言葉が、陽炎の唇から生まれ、木葉に届いた。
木葉は手で顔を覆って泣いた。
「はい!はい!」
二度、返事をしたが、声にならなかた。
「雫はどうするのだ…」
真魚が雫に聞いた。
「私は…どちらも選べない…」
「両方でも…いい?」
雫が舌を出した。
「雫…」
露が涙を浮かべた。
子供の頃の無邪気さが、雫に戻っている。
「お母さんが二人もいるなんて、贅沢でしょ?」
「きっと、素敵な事よ!」
「お父さんは今のところ、一人だけどね」
辰に向かって笑った。
「生まれ変わった様な気がするな…」
雫も、自分も…
辰はそう感じていた。
「雫はその力の事で迷うかも知れぬ…」
「だが、陽炎がいる…」
真魚の言葉に辰と露が頷いた。
「お主の様な男がいるとは…」
陽炎は真魚に向かって言った。
「私は、見誤ったようだ」
「力など…真実には遠く及ばぬ…」
真実に触れ、自らの呪縛を解いた陽炎。
真魚はその力を感じている。
「畏れは人を縛る…」
「今はよく分かる…」
陽炎が笑みを浮かべた。
「それに…」
陽炎は自らに満ちているものを感じていた。
その感動に叫びたい気分であった。
「それだけか?」
真魚が何かに感づいている。
「それだけ?どういう…」
「あっ!」
陽炎は気がついた。
「陽炎様…!」
木葉が驚いていた。
陽炎は 自らの足を触った。
「いいものを頂いたな…」
真魚が笑っている。
杖なしで立っている。
「ありがたい…」
陽炎は全てに感謝をしていた。
続く…