空の宇珠 海の渦 外伝 沈黙の微笑 その十
抱き合う陽炎と雫。
陽炎に何が起こっているのか、木葉には理解出来なかった。
「陽炎様…」
ただ、眺めていた。
二人の間に割って入ることはできなった。
その理由は分からない。
心の中に巻き起こる渦。
黒いものが広がっていく。
不安。
畏れ。
自らの心が生み出し、その渦に巻き込まれていく。
こんなことは今までなかった。
気がつくと涙が流れていた。
だが、木葉の涙は二人とは、違う涙であった。
ちりぃぃ~ん
真魚が五鈷鈴を鳴らした。
三度目だ。
その音に引き寄せられた。
「あっ!」
木葉が顔を上げた。
金色の光が舞い降りてきた。
雪の様にゆっくりと降りてくる。
木葉はその両手を広げた。
そして、全てを受け入れた。
光の粒が木葉の手の平に乗った。
その瞬間。
世界が変わった。
木葉はそのものの意思に触れた。
木葉はそれを心だと思った。
思わず手をにぎった。
握りしめたまま動けなくなった。
離せなかった。
その胸に抱きしめた。
その儚さに涙を流した。
その尊さが切なかった。
そして、その切なさに涙が止まらなくなった。
大いなる慈悲。
木葉はそれと対話をしていた。
雫の母、露が畏れていた事。
それが、目の前で起きた。
雫の本当の母親。
それを目の前にしたとき、露は心が揺らいだ。
雫を取られる…
その瞬間、露はそう思った。
露の心の中に巻き起こる黒い渦。
どうする事もできなかった。
愛しき我が子、雫。
消えて無くなる訳ではない。
だが、その不安はどんどん大きくなって行った。
その時…
目の前に光が現れた。
気がつくと金色の光に、世界が満たされていた。
舞い降りる光を、露は思わず手の平で受けた。
「あああっ!」
その瞬間。
露の心が溶けた。
露はそう感じた。
黒いものが消え去り、光で満たされていた。
金色の光の粒。
その意思の前で全ては無力であった。
露は光を抱きしめ、動けなくなった。
自然と涙が流れていた。
心の中の黒いものが、洗い流された。
露の心は満たされていた。
露はその心を開いた。
生命は誰のものでもない。
露はそう感じた。
光の意思が露を祝福した。
全てを受け入れ、見守る。
母の心が露を満たしていた。
辰が手を広げた。
金色の世界。
「これが…本当の…」
辰の広げた手の平に光の粒が囁いている。
「あっ!」
辰は見た。
光の粒を介して皆が繋がっていた。
「これが…生命…」
敷き詰められた金色の絨毯。
その上で踊る光の粒。
その中心にある大いなる光。
一際輝く、圧倒的な光。
大いなる意思。
辰は今、その一部であった。
「大したものだ…」
真魚の声が聞こえた。
言葉ではない。
それが伝わって来る。
「佐伯様…あなたが…」
「俺ではないぞ…」
「あるべきものだ」
真魚は皆を見ていた。
続く…