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空の宇珠 海の渦 外伝 沈黙の微笑 その九






兄の塊が木葉を連れて来たのはその頃であった。

 


兄は嫁を貰い、一緒に暮らしていた。

 


だが、子供が出来なかった。



木葉を養女にしたのであった。

 


その木葉の笑顔に陽炎は心を開いた。

 


幼き木葉に陽向の面影を重ねた。





挿絵(By みてみん)




木葉に癒されていく自分を、陽炎は感じていた。


 

そして、それがうれしかった。



木葉を我が子のようにかわいがった。

 


消えた陽向が帰って来た。



そう…思ったことさえあった。




だが、木葉が大きくなった時、兄の塊が態度を変えた。



そして、ある事を言った。

 


「木葉は儂らの養女だ…」

 


「会いたければ、言うことを聞け…」

 



それで、兄の本当の心を知った。

 



大きくなってからの木葉は下女の様に働かされた。

 



塊は自らのことを「塊様」と呼ばせ、



陽炎のことを「陽炎様」と呼ばせた。




様という一言。




陽炎は、自らの悲しみに縛られた。




その一言で木葉が離れていくような気がした。




塊によって開けられた、心の距離。





木葉を救うために、陽炎は塊の条件を呑んだ。



だが、それは自らの心の不安がそうさせたのだ。




『木葉まで失いたくない…』




それだけが、陽炎の願いであった。




 

塊の家で仕事をする以外は、木葉も陽炎といることを許された。

 



木葉もそれを望んでいた。

 



大好きな陽炎と一緒にいることができる。

 


それだけが木葉の生きている時間であった。

 



木葉のために、陽炎は一人で暮らすようになった。




そして、陽炎が人を観る事を始めた。

 


その噂は瞬く間に広がった。

 



いつしか村人は『陽炎様』と呼ぶようになった。 

 



陽炎が人を観た報酬は塊が奪っていった。

 


だが、陽炎はそれでもよかった。

 


木葉さえ側にいれば何も必要なかったのだ。

 


悲しみの心が陽炎を縛り続けていた。

 


兄の塊はそれを利用して、陽炎を操ったのであった。  







「こんな事って…」



陽炎の涙は止まらない。

 



幼き雫の記憶。

 


陽炎はそれに触れた。

 


力を持つ故の苦しみ。

 


人の心を知り、真実との間で戸惑う。

 


表の顔と、裏の顔。

 


人が誰でも抱く二面性に心を塞いでいく。

 


そして、あるときに知った事実。


 


雫が辰と露の本当の子供ではなかった。

 



それを知ったときの悲しみ。



雫は笑わなくなった。

 


笑えなくなった。

 


そして…それが見えた。

 

 


山の中。

 


去って行く山犬。




覚えのある着物の模様。

 


小さな赤ん坊。




陽向…




雫の母、露の笑顔。




それを見たとき真実を知った。




露と辰が陽向を救ったのだった。

  



陽炎は泣き崩れた。

 



「陽炎様!大丈夫ですか!」


 

木葉が心配して陽炎の肩を抱いた。 

 



「木葉、いいのだ、これでいいのだ…」

 


陽炎は手で顔を覆って泣いた。




木葉は、その涙の意味を理解出来なかった。

 


陽炎の悲しみに寄り添えない。



そのことに寂しさを感じていた。






辰と露がぽかんと口を開けている。

 


何が起こったか分からない。

 


「陽炎は真実を知った…」



真魚がそうつぶやいた。

 



「真実…」

 


その言葉に二人の心が揺れた。

 


雫が本当の子供ではない。

 


隠し続けた真実。

 


雫に知られる訳にはいかない。



 

「雫はもう知っている…」

 


「それが、心を閉ざした訳だ…」



真魚が二人にそう告げた。

 



「そうか…そうだったのか…」


 

辰はその事実を受け入れた。

 


子供の頃の雫。

 


友達と言い争っていた。

 


聞こえる雫の声。



『嘘をついた…あの子が嘘をついた…』




「雫は人の心がわかる…」

 


「真実と嘘の間で戸惑い、心を閉ざしたのだ…」

 


「だが、それは雫が真っ直ぐな証だ」

 


「雫はどこも悪くない、真っ直ぐなだけだ…」 




真魚がそう言った。

 


辰の瞳から涙がこぼれ落ちた。

 


「雫…」



露も泣いていた。

 


陽炎が椅子から崩れ落ちた。

 


床の上の雫の前に座り込んだ。

 



「よくぞ、ここまで…」

 


そう言って雫の手をにぎった。 




「似ている…」

 


かつて愛した男…その面影…


 

陽炎の手が雫の頬に触れた。

 


雫は拒まなかった。

 


そして気づいた。

 


陽炎が本当の母であることを…

 


雫の瞳から涙が流れていた。

 


「会って見たかった…」


 

雫は言った。

 



その言葉で…

 


陽炎は雫を抱きしめた。


 

「こんなに立派に…」



雫の温もりが陽炎に伝わる。

 


「うん…」



今、二人の心は繋がっていた。



伝わる波動、その想い。



沢山、話したいことがあった。

 


涙が言葉を遮っていた。





挿絵(By みてみん)




続く…






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