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空の宇珠 海の渦 外伝 沈黙の微笑 その五




どん!どん!

 


「塊様にお目にかかりたいのですが!」

 


雫の父が大きな門の戸を叩いた。 



しばらくすると足音がした。

 



「どういうご用件でございましょう?」



門戸の裏から声がする。

 


か弱い女性の声だ。

 




挿絵(By みてみん)





「隣村の辰と申します」

 


「陽炎様に会わせて頂きたいのです」




「しばらくお待ちください…」



女がそう言うと、足音が小さくなっていく。



主人の塊に話を運んでいるようだ。

 



「大丈夫でしょうか?」



雫の母が心配している。

 



「大丈夫だ、それは間違いない…」



真魚には自信があった。




この家の異常さがそれを証明している。

 

 


小さな足音が近づいてきた。

 


がたん!

 



音を立てて扉が開いた。

 



「こちらへお回りください」



少女であった。

 



雫よりも三つほど歳は下に見えた。




この家の娘ではないことは、見て分かる。

 



その少女について歩いた。

 



中庭に出た。

 



寝殿造りとまでは行かない。



それでも、ただの農夫にしては、たいそうな屋敷であった。

 



濡れ縁に一人の男が座っていた。

 


頭の毛が薄く太っている。

 


目が細くつり上がり、口元には髭を蓄えていた。

 



そして、その後には同じよう体型の女がいた。

 



恐らく塊の妻であろう。

 



髪を結い上げ、唐衣の様な艶やかな着物を着ていた。

 



貴族ではない。




それさえも異常な雰囲気を創り上げている。




真魚達は濡れ縁の前に通された。



少女が地面に膝をついた。



皆が習って腰を落とした。

 



塊の前に父の辰が立った。

 



「陽炎に会いに来たのか…」



塊はそう言って笑みを浮かべた。

 



欲の深い笑み。

 



獲れるものは全てはぎ取る。


 

そう言う目をしていた。

 



「それで…」



塊はそう言った。

 



真魚にはその意味が分かっている。

 


だが、黙って見ていた。




「娘の雫が…」




「そんな事はどうでもいい!」



塊の声が辰の声を遮った。

 



最初から、辰の話など聞く耳は持たない。

 


それでようやく雫の父、辰が気づいた。

 



「これで、どうにかお願いいたします」



背負ってきた作物。

 


袋に入った僅かな金銭。

 


それが、雫の家の財産であった。

 



辰はそれを濡れ縁まで運んだ。



そして、持っていた籠を濡れ縁に置こうとした。

 



その瞬間。

 


「こんなものいらぬわ!」

 


塊がその籠を蹴り飛ばした。


 

庭に転がる作物。

 


その時、真魚の目が輝いた。

 


立ち上がった真魚の目が輝いたように見えた。

 


塊は真魚の波動に後ろに下がった。

 



「な、なんだお前は…」



塊が真魚の波動に畏れている。

 



真魚は懐に手を入れた。

 



「お、俺を、殺す気か!」



塊は狼狽えた。

 


「何を畏れているのだ、お主は…」



真魚が懐から出したものを塊に投げた。

 



「これで、どうだ!」



真魚のその言葉には決意が込められていた。

 


「わ、分かればいいのだ…」



不服そうに男は言った。



塊の足下には、親指ほどの金塊が三つ転がっていた。



それを受け入れなければ命がない。



塊はそう感じたに違いない。

 



真魚は膝をつき作物を拾い始めた。

 


雫の母が慌ててそれを手伝った。

 



「これは俺が買わせてもらう」

 


「それだけの価値がある…」



真魚はそう言った。

 



人を生かすために投げだされた生命。

 


その尊さは計り知れない。



それを足で蹴り飛ばした。



その男に同情の余地はない。



人は犠牲にした命で身体を繋ぐ。

 


生きているのではない。

 


生かされているのだ。

 


そこには必ず意味が存在する。

 


生を感じない者は、死んでいるのと同じだ。

 




雫は呆気にとられていた。

 



一瞬、真魚から出た波動。

 



それは、雫の心を抜けて行った。

 



塊にとっては恐怖であった。

 


だが、雫には違った。

 



「佐伯様…」


 

真魚に心を射貫かれた。



雫はその心を抱きしめていた。

 


「言っておくが、あの男だけは止めておけ…」



それを見ていた嵐が小声で言った。





挿絵(By みてみん)




続く…










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