空の宇珠 海の渦 外伝 沈黙の微笑 その四
峠を下っていくと、その村が見えた。
谷の間に川を真ん中にして、家と田畑が並んでいる。
川の中で光が閃いている。
魚が太陽と遊んでいる。
それはこの川が豊かな証である。
しばらく歩くと農作業をしている夫婦が見えた。
子供が一緒に手伝っている。
十歳ぐらいの男の子だ。
雫の父が二人に声をかけた。
「この辺りに、人を観てくださる方がいると聞いて来たのですが…」
そこまで言いかけた時にその農夫が振り返った。
「あんたらも陽炎様に会いに来たのかね…」
その言葉でその者が、特別な存在であることがわかる。
「その陽炎様には、どこに行けばお会い出来るのでしょうか…」
父はその者の居場所を尋ねた。
「あの人は滅多なことでは人にはあわぬよ…」
農夫の女が言った。
「智…」
農夫の女が子供の名を呼んだ。
その子に顔で合図を送った。
「俺がいくの?」
男の子がそう言う顔をすると、とぼとぼと近寄って来た。
「俺についてきなよ…」
仕方なく…
その言葉の中に男の子の意思が見える。
智という男の子に連れられ、村の中心に向かった。
そこに吊り橋が架けられていた。
川幅が一番狭くなるその場所にそれがあった。
その橋を渡り、川向こうへ行く。
そして、谷をまた登る。
その一番上の場所。
「あそこが陽炎様の家だ!」
男の子が指さす村の一番上。
そこに一軒家があった。
それが、陽炎と呼ばれている者の居場所であるようだ。
「どうして、あのような所に住んでいるのだ」
真魚はその答えを知っている。
だが、皆に知らせるために態と聞いた。
「人嫌いなんだよ、陽炎様は…」
男の子はそう答えた。
「俺、もういいかな…」
男の子が帰りたがっている。
「もう一つ聞きたい事がある…」
真魚はそう言って、話を続けた。
「あそこは誰の家だ…」
真魚が指さす先。
陽炎の家の左下。
そこに大きな家があった。
「あっ、大事なことを忘れていた」
「あのお屋敷の塊様に言わないと、陽炎様には会えないんだ」
男の子はそれだけ言って帰ろうとした。
「おい!坊主!」
真魚が懐から何かを出し、男の子に投げた。
「何これ?」
難なく受け取った男の子が、不思議そうに見ている。
「食べてみろ…」
小指の先ほどの黒い玉。
真魚の言葉で、男の子はそれを舐めた。
「甘い!」
「ありがとう、おじちゃん!」
そう言って全部口に入れた。
「舌が笑ってるよ~!」
智と言う男の子は元気に、坂を下っていった。
「この世で一番の甘さだ…」
真魚が笑ってそう言った。
その子はこの先、それ以上の甘さに出会うことはない。
仕方なく来た少年が、一生で一度の体験をした。
そう言っているのだ。
「とりあえずは、大きい方の家に行かねばな…」
真魚がそう言って皆を連れて行く。
いつの間にか真魚が仕切っている。
未来が見えている。
そう思えるほど、真魚の動きには迷いがない。
皆は、それについていくのが精一杯なのだ。
そして、その事実に気づいていないだけだ。
坂を上り切った。
真魚達を待っていたのは土塀であった。
白に近い、薄い黄色の壁。
それに囲まれた中に塊という者が住んでいる。
「ここまで来れば大したものだな…」
真魚がそう言った。
「高い場所でございますな…」
真魚の言った意味が、雫の父親には分かっていない。
「そう言う意味ではない…今にわかる…」
真魚がそう言って笑みを浮かべた。
続く…