空の宇珠 海の渦 外伝 迷いの村 その二十七
夜が明け陽が昇った。
秋の清々しい空気が大地を包んでいた。
神社の裏山。
だが、そこだけは異界であった。
ただならぬ気配が漂っていた。
その奥の岩肌に見える穴。
闇に続く洞窟があった。
「これか…」
真魚が肩に棒を担いでいる。
漂う妖気。
恐怖とは裏腹に存在する感覚。
覗いて見たい…
そのようなものが漂っていた。
「これが闇の餌だ…」
真魚がそう説明した。
その感覚に支配されし者は闇に導かれる。
奏と響、稜と埜枝。
この洞窟が全ての始まりであることを知った。
心弱き時、人は導かれて食われる。
それは誰にでもある心の隙間だ。
尊は子供の頃から、菫の母である蓬が好きであった。
蓬はいつも尊をかばってくれた。
その娘、菫は幼き頃の蓬に似ていた。
尊はその顔を菫に怖がられ、泣かれた。
菫に怖がられた事で、蓬にも嫌われた様な気がした。
ただそれだけだ。
優しさが心に傷を創る。
その傷を癒やすために山に入った。
そこで、この場所に引き寄せられた。
その心の傷を闇は見逃さなかった。
ただそれだけのことだ。
誰にでもある心の隙間。
その瞬間に、この場所があっただけだ。
「わしは勘違いをしていた…」
埜枝がつぶやいた。
「菫、菫と尊がうわごとのように言っていた…」
「それが菫を生け贄にする理由だった…」
「だが本当は違っていた…」
「尊は、愛おしかったのだ…幼き頃の蓬のような菫が…」
「我が子のように…」
「それだけが…あの親子だけが尊をつなぎ止めていた」
「それに気づいておれば…」
埜枝が目を閉じて悔いていた。
埜枝の手には乾いた菫の花があった。
「尊の絶望を闇は食らったのだ…」
真魚が言った。
「尊に食われる瞬間、蓬はそれが尊だと気づいた」
「蓬は恐怖の中で、尊の悲しみを見た…」
「そして、それを受け入れた…」
「側に咲いていた菫の花を、尊に握らせた…」
「だが、尊を止まらせたのは菫の花ではない」
「そこに込められた蓬の想いだ…」
「そして、蓬を想う尊の心だ」
真魚がその真実にたどり着いていた。
「身体は闇に支配されても、心は戦っていた…」
「お主が食われなかったのは、その心が止めたのかも知れぬな…」
埜枝に見せられた菫の花。
そこに全てがあった。
もう二度と、同じ悲しみは生み出してはいけない。
「こんなわしに…未来を託したのか…」
その願いは埜枝に届いていた。
真魚は洞窟の上の岩に登った。
そして、呪を唱え、その岩に棒をたたき込んだ。
どおっぉどどどど…
ごごごごぉぉぉ~
地響きがなり、岩が割れた。
岩が崩れていく。
真魚が宙に飛ぶと、横から光がさらった。
「すまぬ…」
真魚が礼を言った。
「無茶な奴だ…」
嵐が笑っている。
「ここには人を入れぬ方が良い…」
「幸い、神社がある…」
大地に立った 真魚が、そう言って不敵な笑みを浮かべた。
「お主、また良からぬ事を企んでおるな…」
子犬に戻った嵐が言った。
「ご神体と言うことで祀ればいい」
「正気か!闇の巣窟だぞ!」
「闇であろうが使いようによっては神にもなろう…」
表裏一体。
真魚はそう言っているのだ。
「お主は、相当の悪よの…」
嵐が真魚のその言葉に呆れていた。
「心配するな、俺がきっちり蓋をしておく」
「それに、神がいることは、証明されている…」
「す、すごい…真魚って何なの…」
人が岩を砕く。
奏と響の想像を超えた驚きであった
目をまん丸に開けて、口をぱくぱくさせている。
「お主ら…池の鯉みたいな顔しておるぞ!」
嵐が二人をからかっている。
「そうさせていただこう」
埜枝が真魚の提案を受け入れた。
「これで…全部終わったのね…」
「父達も…うれしそうだった…真魚のおかげで…」
「ありがとう、真魚」
奏が真魚に向かって言った。
その心は響も同じだ。
「嵐もありがとう」
響が嵐の頭を撫でた。
「犬ではない、俺は神だぞ…」
嵐はそういいながら満更でもない。
「前鬼さん、後鬼さん、ありがとう」
奏と響の言葉が同時になった。
前鬼と後鬼が呆れている。
奏と響が目を合わせて笑った。
ぐうぅぅぅう~
何か音が鳴った。
「そういえば腹が減ったな…」
「これ!嵐のお腹の音?!」
響がその音に驚いていた。
「だったら、ご馳走するわよ!」
奏が嵐に言った。
「ね、稜!」
奏が稜に投げた。
「そ、そうだね…」
稜は困っていた。
「それは、このわしが全部引き受ける!」
埜枝が一声上げた。
「決まり…」
ぐうぅぅぅう~
嵐がそこまで言いかけて、また鳴った…
「嵐って面白い!」
「食いしん坊さんなのね!」
響がまた嵐の頭を撫でた。
「神は腹が減るものだ!」
嵐が苦しい言い訳をした。
「本当?」
「困った神様ね!」
奏と響が二人揃って笑った。
稜も二人を見て笑っていた。
― 迷いの村 完 ―