空の宇珠 海の渦 外伝 迷いの村 その二十三
真魚達が嵐に乗った。
「ちょっと窮屈ね…」
背中の稜を奏が気にしている。
「いいじゃないの…照れてるの?」
響が奏の心を感じている。
「さて、儂は媼さんを見てくるとするか…」
前鬼はそう言って森の中に消えた。
「嵐、神社まで飛んでくれ…」
「奴を捜さないのか?」
真魚の指示に疑問を持った嵐が聞いた。
「三人がいればどうにかなるだろう?」
真魚が笑っている。
「それは、餌って言うこと?」
奏が真魚の言葉に噛みついた。
「そうは言ってない…」
「でも、そう聞こえる」
今度は響が食いついた。
「どちらにせよ、お主らがおれば何とかなる!」
珍しく助け船を出した嵐が、そう言って飛んだ。
「急がなくても言いぞ…」
「どうしてだ?」
嵐はまた真魚の言葉に引っ掛かった。
「今頃、後鬼は埜枝に会っている頃だ…」
「それに、出来れば先に見つけておきたい…」
「奴をか…」
嵐はようやく、真魚の意図を理解した。
灯台の灯りが揺れている。
すきま風が入ってきている様だ。
その灯りの揺れは、埜枝の心を顕しているようであった。
「尊たけるは顔の右半分に痣があったのだ…」
埜枝は過去の出来事の様に言った。
「子供の頃はいじめられたが、それでも友達はいた…」
「だが、身体が大きくなると怖がられた…」
「傷ついたであろうな…この母を憎んでいただろうな…」
埜枝がそこまで言って一息ついた。
「見ず知らずの鬼に、このような話をするとは…」
埜枝は自分自身に呆れていた。
後鬼を見て、笑みを浮かべた。
「響を助けたのもお主か?」
埜枝は後鬼の顔色をうかがった。
「うちではないが…そのようなものだ…」
後鬼の答えは曖昧であった。
「人としての最後の姿を見たのはいつだ…」
後鬼が埜枝に聞いた。
「あれを知っておるのか…」
「うちらは闇と呼んでおる」
「闇…そうか…」
埜枝はその言葉を聞いて考え込んだ。
「助ける手立てはないのか?」
「残念じゃが、あそこまでなっては無理だ…」
「やはり…そうか…」
後鬼の答えに埜枝が肩を落とした。
「わしも、いろいろやってみたのだが、効果はなかった…」
埜枝の言葉の中には母としての心が見える。
「奇蹟なのじゃぞ…」
「奇蹟とはなんじゃ!」
後鬼の言葉に埜枝が声を荒げた。
後鬼の言葉が足りなかったらしい。
「あの状態で、何年もいられることが奇蹟なのじゃ…」
「普通なら飲み込まれて終わりだ…」
「どういうことだ…」
埜枝が声を荒げたのは、「奇蹟」の意味が分からなかったからだ。
有り得ない何かで、人としての最後の形を保っている。
「踏みとどまっている」
後鬼はその形をそう表現した。
埜枝にあのものの今の状態を言った。
「踏みとどまって…」
埜枝はその言葉が分かるような気がした。
「あの中で、何かが起きている…」
「そうとしか思えない…」
後鬼が分かる限りの答えを言った。
「何かが…」
埜枝の心が揺れている。
「お主はその真実を見届けなければならぬ…」
「母として、何人もの命を奪った者として…」
後鬼が埜枝に向かってそう言った。
続く…