空の宇珠 海の渦 外伝 迷いの村 その二十二
後鬼は埜枝の事を考えながら、神社に向かっていた。
後鬼が埜枝に感じているのは、子供に対する想いだけである。
だが、人を殺めていいはずはない。
それだけ歪んだ何かが、存在している。
それを、確かめて見たくなったのだ。
「おや…」
何人かの人影が神社の周りをうろついている。
恐らく逃げたあのものを、捜しているのであろう。
「ごくろうなことだな…」
後鬼は見つからぬように先を急いだ。
社の屋根の上まで来た。
闇の中で後鬼は埜枝の波動を捜した。
だが、それは直ぐに見つかった。
埜枝は真下にいた。
「おそらく埜枝も感じておるだろう…」
後鬼は屋根の上から飛んだ。
「!」
埜枝がその波動に気がついた。
「なんだ…これは…」
高き波動。
「真上か!」
埜枝は真上を見上げた。
「どこを見ておる…」
埜枝の背中から声がした。
「だ、誰だ…!」
埜枝がその姿に驚いている。
額の角、口元の牙…
「お、鬼なのか…」
埜枝も鬼を見るのは初めてだ。
「安心しろ、話をしに来ただけだ…」
「話…」
後鬼の言葉を埜枝は信用していない。
埜枝からしてみれば、話をする理由など無いからだ。
「あのものの話だ…」
後鬼がそう言った。
その言葉を聞いて埜枝が凍り付いた。
頭が混乱していた。
何を言っていいのかわからない。
「申し遅れたな…私は吉野の後鬼という鬼だ…」
後鬼が自ら名乗った。
「術で縛ろうとしても無駄じゃぞ、これは通り名だからな…」
後鬼は先手を打った。
「お主はあのものの親じゃな…」
そして、いきなり本題に入った。
「ど、どうして…それを…」
埜枝が驚いている。
見ず知らずの鬼に、全てのことが知られている。
「一つ聞いておきたいことがある…」
そう言いながら、後鬼が埜枝の様子をうかがっている。
「な、なんだ…」
「やさしい男が、どうしてああなったのだ…」
後鬼が言った言葉。
それが、埜枝には信じられなかった。
「息子を知っているのか?」
あのものが男であること、その心の内まで言われたからだ。
「あのものは見た、だが息子には会ったことがない」
後鬼がそう答えた。
「私が悪いのだ…醜く産んだ私が…」
埜枝がうなだれて言った。
「いい子だったんだ、いい子だったんだよ…」
埜枝は見ず知らずの鬼に涙を見せた。
後鬼の高き波動。
それに導かれるように埜枝の心が揺れていた。
続く…