空の宇珠 海の渦 外伝 迷いの村 その二十一
後鬼はある決意をしていた。
その時…
ちぃりいぃん
鈴が鳴った。
「奴め、動きおったか…」
前鬼が張り巡らした網に、そのものがかかった。
「真魚殿には守っておれと言われたが…」
「どうした媼さん?」
前鬼が後鬼の決意を感じ取っている。
「一度、あの祈祷師に会ってくる…」
後鬼の心に引っ掛かっているもの。
後鬼はそれを確かめたくなった。
「埜枝とか言ったな、あの婆さん…」
「どうして名前を知っているの?」
稜が不思議に感じている。
「うちらの耳は地獄耳じゃ」
そう言って後鬼は自らの耳を指さした。
「なるほど…」
稜ではなく、奏が感心していた。
見た目でそう思ったようだ。
「大きさは重要ではないぞ…」
その奏に後鬼が釘を刺す。
真実を見る目を持てと言っているのだ。
「気を付けるのじゃぞ、次は稜の母かも知れぬぞ…」
前鬼はそのものの動きを、そう見ていた。
「そのことじゃが、母はどこにいるのじゃ?」
「母は神社の直ぐ下に住んでいる」
「一緒には住んでおらぬのか?」
稜の答えに疑問を持った後鬼が聞いた。
「仲が良くないんだ、ばあちゃんと…」
「親子なのに不憫じゃのう…」
「だから、母はこのことに気づいたのじゃな…」
「そう言うものか…」
後鬼がそう言って布の中から出ていった。
「じきに…真魚殿も来るであろう…」
後鬼は暗闇の中に跳んで消えた。
後鬼が出て行ってから、直ぐに真魚と嵐が帰ってきた。
「後鬼はどうした?」
「あの祈祷師に会いに行きおった…」
真魚が確認すると、前鬼がそう答えた。
「そうか…」
真魚はそれだけで後鬼の考えを理解していた。
「奏と響の母の件はもう大丈夫だ」
「俺が神だと言ってやったわ!」
嵐が自慢げに言っている。
だが、そう言う嵐は今、子犬の姿だ。
「その姿で言ってないよね!」
奏がその事を確認した。
「子犬だと説得力ないもんね」
響が笑っている。
「それは良いとして…」
真魚が話を変えた。
「お主らの父の事だ…」
真魚が真剣に三人を見ている。
「やはり…父さんは…」
奏がその事実を真魚の表情で感じていた。
その心は響にも伝わっている。
「残念だが、そう言うことだ…」
真魚ははっきりと言った。
三人にとっては残酷な事実である。
だが、真魚は包み隠さず全てを伝えた。
「悲しみだけがそこにあった…」
嵐が思い出している。
嵐が口にしたものは、それだけが際立っていた。
「俺たちに何か出来ることはないの?」
稜が真魚に聞いた。
「ある…」
「その覚悟があるのならついてこい…」
真魚がそう言った。
その覚悟…
それは、あのものの消滅を意味する。
そして、出口のない器に閉じ込められた父が、消えることでもある。
「最後の言葉を聞いてやれ…」
真魚が三人に向かって言った。
「それが出来るのはお主らだけだ…」
真魚の言葉は残酷にも心に突き刺さる。
それでも、三人の心は救われているような気がしていた。
「行こう!奏、響…」
稜が言った。
その言葉には覚悟があった。
「うん!」
奏と響がその覚悟を受け入れていた。
続く…