空の宇珠 海の渦 外伝 迷いの村 その十九
前鬼が仕掛けを張り終わり、帰ってきた。
「皆、お揃いか…」
「ところで…真魚殿…」
前鬼が話を切り出した。
「あのものを見ましたか?」
前鬼もその姿を、どこかで見かけた様だ。
「その事だが、仕掛けでどこまでわかる?」
「どこまでとは?」
「この村の中なら分かるのか?」
「恐らく…」
前鬼の返事は曖昧であった。
「奴がその仕掛けに気づかねば…ですが…」
曖昧な返事の答えがそれであった。
「糸のようなものですからな…」
「奴が気づいて飛び越えたり、くぐったりしなければと言うことですな…」
前鬼は真魚に説明した。
「近くまで来れば、俺たちは波動で分かる…」
「問題は村人だ…」
村人を襲うことはないと、真魚は考えている。
だが、それも保証されたものではない。
「一つ腑に落ちない事がある…」
「それはどういう事じゃ」
子犬の姿に戻った嵐が問い詰める。
「今まで闇に取り込まれなかったことだ…」
闇に身を落とした者は、いずれ闇に消える。
それが、何年もあの状態を保っている。
真魚にはそれが腑に落ちない。
闇を使う者ではない。
闇に囚われたのだ。
その肉体もほぼ死んでいる様なものであろう。
真魚が感じたものはそういう状態であったのだ。
「うちも最初は生け贄のせいかと思っていたのだが…」
後鬼が何かを感じている。
「だが、何だ、媼さん!」
前鬼は、後鬼が何かを掴んでいることに気づいた。
「稜の父と、奏と響の父が、同じ頃行方が分からなくなっている…」
「それは、本当か!」
真魚が三人に後鬼の話を確認した。
三人はだまって頷いた。
「そういうことか…」
真魚の中に何かが閃いた。
「どういうことなのだ」
嵐がそのことを知りたがっている。
「奏と響の母が危ないかも知れぬ…」
真魚の言葉は皆を驚かせた。
「どうして…?」
奏が心配している。
「この布は波動を隠す」
「奴は今、目的を見失っている筈だ…」
「それと、奏の母がどういう関係があるのだ?」
嵐が全く理解出来ないでいた。
「稜と奏と響の波動で奴が目覚めたということと…」
「二人の父が消えたことは、無関係ではないかも知れぬということだ…」
真魚が説明した。
「目的を失って…引き寄せられるものがある…」
前鬼がその事に気づいた。
「それが、奏の母か…」
嵐が言った。
「そして、稜の母だ」
後鬼がその事実を付け加えた。
「すると…あの中に…」
稜が青ざめている。
「行くぞ!嵐!」
真魚が嵐に声をかけた。
「前鬼と後鬼は三人を見ていてくれ!」
真魚がその言葉を残し、嵐と共に夜空に消えた。
「私達のお父さんが…」
奏が後鬼の顔を伺っている。
「そうかも知れぬ…」
「助からないの?」
響が後鬼に尋ねた。
「覚悟はしておいた方が良いな…」
後鬼の言葉は残酷であったが、それが正確な判断と言えた。
「恐らく、お主らの父は真実に気づいたのじゃ…」
「そして、退治しようとしたに違いない…」
後鬼がそう言った。
「できなかったんだ…」
稜がつぶやいた。
「それが、おじさんだと気づいたんだ…」
「だから…父さんは…」
奏もそうだと感じた。
「父さんは人を殺せない…」
響もその事実に気づいた。
「だが、闇は容赦はせぬ…」
前鬼は何度も見ている。
闇に飲まれ消えていく者を。
闇に消えた者はこの世に戻ることはない。
出口はないのだ。
「踏みとどまっておるのかもしれぬな…」
「愛しき者のために…」
後鬼が感じた重き波動。
その重さは、悲しみで埋められたものかも知れなかった。
続く…