空の宇珠 海の渦 外伝 迷いの村 その十六
嵐が霊力を開放した。
その力が大気を巻き上げる。
竜巻の中に銀と金の光を放つ山犬が現れた。
「話は後でも良かろう…」
本来の姿になった嵐が、そう言って笑った。
「すごい…」
稜はその姿よりも、その霊力の波動に驚いた。
勿論、今までに感じた事はない。
「言っておくが、俺は神だ!」
嵐が稜に自慢げに言った。
嵐に自慢するつもりなどない。
ただの犬と思われるのが、癪に障るだけなのだ。
「これでしばらく隠れていてくれ」
真魚が金色の布を後鬼に渡した。
「ここは身体を使う方に、頑張ってもらうか…」
「任せておけ」
嵐が後鬼に一言返事をした。
「うちらは奏と響を守るとしよう…」
後鬼が前鬼に言った。
「真魚殿、気を付けるのじゃぞ…」
後鬼は一度、そのものを感じている。
それが最善の策だと考えている。
「一度、見ておきたいだけだ…」
真魚はそう返事をした。
「稜、行くぞ!」
嵐が稜に声をかける。
「い、行くぞって…」
突然、声をかけられ稜が戸惑っている。
嵐のすさまじい波動を稜が畏れている。
「これは、お主の問題でもある」
真魚が稜の背中を押す。
「乗れ!」
嵐が乗りやすいように背中を下げた。
「稜、気を付けてね…」
奏が心配そうに見ている。
その横で響が頷いた。
二人の想いは同じだ。
真魚の前に稜が乗った。
「しっかりつかまっておれ!」
嵐がそう言うと地面を一蹴りした。
その瞬間に姿が消えた。
消えたのではない。
早すぎて見えなかっただけだ。
奏は自分の目を疑って擦った。
「一体、どうなったの?」
一度、嵐に乗っているにもかかわらず、不思議でならない。
「乗るのと、見るのでは違うのね…」
響がその感覚の違いを口にした。
嵐の背中で稜が興奮していた。
その霊力とその速さに驚いていた。
「消えたのは誰だ…」
真魚が稜に話の続きを聞いた。
「母の兄と俺の父…」
稜がそう答えた。
「どちらが先だ…」
真魚は更に稜に問う。
「おじさんの方…」
「あの祈祷師の息子だな…」
「うん」
真魚の問いに稜が頷いた。
「先に母さんが気づいたんだ」
「兄さんがおかしいって…」
稜が話を続けた。
「母が祈祷師の娘か…」
「母は稜と同じ力を持っているのか?」
稜は答える代わりに頷いた。
「だけど、おじさんは持っていなかった筈なんだ…」
「勿論、父さんは持ってない…」
「俺はまだ小さかったから、良く覚えてないんだけど…」
稜はそう語った。
「何かが起こったはずだ、覚えていないか…」
真魚が言った。
幼き頃の記憶。
その中を稜は懸命に捜した。
「いたぞ!真魚!」
嵐がそのものを見つけた。
森の中をさまよっていた。
人の形をした黒い影。
それが、何かを捜している。
どうやら目的のものは見失ったようであった。
だが、次の瞬間。
その者がこちらを見た。
「ほう…」
真魚が笑みを浮かべた。
「波動を感じておるのか…」
嵐がそう言った。
「何なの…あれ…」
それを見た稜が震えていた。
恐ろしいから、震えているのではない。
稜はその姿を見て何かを感じているからだ。
変わり果てた姿。
その元の姿を稜は知っている。
「こんな…ことって…」
目も口も鼻も分からない。
それを見て稜が涙を流していた。
「闇に囚われし者の姿だ…」
真魚が稜にそう言った。
続く…