空の宇珠 海の渦 外伝 迷いの村 その十四
月が美しい夜だ。
人も動物も、月の呪縛からは離れられない。
満月。
その光は人の心を惑わし、惹きつける。
理由は分からない。
古よりそこには神がいるとされている。
社の中で埜枝は考え事をしていた。
その時であった。
「なんだ、これは!」
埜枝の側を強い波動が抜けて行った。
それを感じる事が出来る者。
村の中でも数人のはずだ。
だが、それよりも問題があった。
誰がそれを放ったかと言うことだ。
埜枝もこれほどのものは感じた事はなかった。
「これを…放つ者がいる…」
それは、埜枝にとっては恐怖そのものだ。
明らかに自分の力を超えている。
自分の立場が危うくなる。
「誰だ…この村に…」
埜枝は考えた。
「まさか!」
「生け贄が消えたことと…」
その関係性に埜枝は興味を持った。
社の屋根に立った影が放つ波動。
通り過ぎた風の波動。
どれとも違う。
「だが、無関係ではあるまい…」
埜枝はそう考えた。
今までこういうことはなかったのだ。
無かったことが、今日、全て起きている。
そして、埜枝がある事実に気がついた。
ぐるるるぅぅぅ
獣が唸るような音がする。
ちゃり
ちゃり
それが動く度に金属音がしている。
黒い影。
その黒い影が興奮している。
「お前も感じたのかい…」
埜枝がその影に声をかけた。
ぐおおおおお~!
突然、黒い影が叫んだ。
「おい!どうしたんだい!」
その声に埜枝が腰を抜かした。
手をついて前に行こうとするが動けない。
ぐおおおおお~!
叫び声を上げ、黒い影が暴れ出した。
どおおぉぉん
どおおぉぉん
どおおぉぉん
三度、何かがぶつかる大きな音がした。
「おい!どうしたのだ!」
禿頭で髭を生やした老人が慌てている。
その音に気がつき、急いで来たようだ。
「あんた、逃げたんだよ!」
埜枝が泣きながら叫んでいる。
黒い影は鍵のかかった扉を体当たりで壊し、外に消えたのだ。
「あいつがか!」
老人が叫んだ。
埜枝の足下には、引きちぎられた鎖があった。
「それを…ちぎって逃げたのか…」
恐ろしい。
『人など…とても敵わない…』
この時、この老人はその者の真の力を知った。
「恐ろしい事が…起きる…」
埜枝が震えている。
「生け贄を食ろうておれば、こんな事には…」
埜枝はその責任を生け贄に押しつけた。
「とにかく、捜さねばえらいことになる…」
髭の老人がそう言って動いた。
埜枝の足下の鎖から血が滴り、落ちている。。
鎖と床についた血の痕。
「これほどまでして…」
あの波動に反応したことは間違いない。
埜枝にはそのものの行き先が、分かるような気がした。
続く…