空の宇珠 海の渦 外伝 迷いの村 その八
去りゆく村人の姿を見ながら後鬼は木の上で休んでいた。
「あの小僧…」
前鬼が追いかけていった少年。
後鬼があの少年を気にかけていた。
明らかに村人達とは違う行動。
後鬼達の感覚には目立ち過ぎる。
だが、その行動には意味がある。
廻りに流されてはいない。
少年は自らで考え、それを掴もうとしていた。
その少年は自らの未来を、切り拓こうとしていた。
「ま、小僧は爺さんに任せて…」
「うちもぼちぼち仕事をするか…」
後鬼は木の枝を巧みに使い、社の屋根まで飛んだ。
社がある境内にはもう誰もいない。
「ん!これは…」
その波動に気がついた後鬼は、近くの木の上まで距離を取った。
幾度となく感じた波動。
それに似ていた。
「何を…飼っておるのじゃ…」
後鬼はそのものを感じていた。
目を瞑りそのものの気配と音を聞く。
「これは…ひょっとして…」
後鬼の目が開いた。
「ちと、厄介かも知れぬ…」
後鬼は驚いていた。
「何か…裏があるとは思ったが…」
後鬼は少し考え込んだ。
「だが…これでわかったわ…」
後鬼はそう言って笑みを浮かべた。
「うちでは荷が重いかも知れぬな…」
後鬼はその波動からそう感じ取った。
そして、木の上から跳んで、森に消えた。
嵐は奏と響を乗せ、村の上空まで戻ってきた。
月明かりがぼんやりと村を照らしている。
「さて、これからどうするか…」
真魚がそう言って二人を見ている。
「考えてなかったのか…」
嵐が呆れている。
「このまま家に帰ると問題があるな…」
「母の事ね…」
「家族はどうしている?」
考えれば出会ってからすぐだ。
真魚が知らないのは当然だ。
「えっと…」
奏が不意を突かれたように言葉に詰まった。
「祖父や祖母はもういない、姉弟は私たちだけ、父は出て行って帰って来ない…」
響が真魚に言った。
「こういうことは響が得意なの…」
跋が悪そうに奏が言った。
「双子と言えど個性はあるものだ」
真魚が奏の心を察している。
「身体は同じでもな…」
嵐がそう言って笑った。
「家に帰れば母一人という訳だな…」
真魚が改めて話を切り出した。
「偽物の神を信じておれば、響は歓迎されないと言うことか…」
真魚の言葉に二人が同時に頷いた。
「母を変えねばなるまい…」
「母を変える!」
真魚の言葉に二人の波動が同時に揺らぐ。
「まるで、二つの翼を持っているようじゃな…」
飛んでいる嵐がそう言った。
同じ動きを見せる二人の波動。
こんな事は嵐も初めてであった。
「子を思う母の気持ちは誰も同じであろう…」
「響の死を望んだということではあるまい…」
「恐らく、残された者達を思ってのことだ…」
真魚はそう考えていた。
「祟りか…何か…」
響がつぶやいた。
「そう言うことになるな」
真魚が響のつぶやきに答えた。
「偽物の神って言ったわよね!」
奏がその事に気がついた。
「本物は見たであろう…」
嵐が笑っている。
「でも、祟りはあったのよ!」
奏が戸惑っている。
「神でないとしたら…何なの…?」
その事実が奏に畏れを見せている。
「見たのか…?」
奏の波動を真魚はそう受け取った。
「見たわ…」
奏の心象が真魚に伝わっている。
「一人でか…」
響にその畏れは生まれていない。
響はそれを見ていない。
「稜と二人で…」
「誰だ、それは…」
嵐が稜に興味を示した。
それは、その名が出た途端に奏の波動が乱れたからだ。
「正直に言いなさいよ…」
響が奏を窘めた。
「何よ!正直って!」
奏の頬が赤い。
「好きなんでしょ…」
響がその答えを言った。
「だれが、あんな奴!」
奏の頬が赤いのは嘘がつけないと言うことだ。
「それで、稜と二人で何を見たのだ」
真魚が話しの軌道を戻した。
そして、奏が子供の頃に見た、恐ろしい事件を話し始めた。
続く…