空の宇珠 海の渦 外伝 迷いの村 その七
村人達が揃って石段を下り始めていた。
各の家に帰ろうとしていた。
埜枝にとっては予想外の出来事であった.
だが、村人にとってはそうではなかった。
神が現れた。
埜枝の力で神を呼んだ。
そうなっている。
これで、埜枝の力が村人にとって、絶大的なものとなった。
見世物としては成功したと言えた。
「餌が、消えた…」
埜枝が社の祭壇の前に座っていた。
村人は神が生け贄をさらったと思っている。
だが、事実は違う。
この生け贄の意味を知っている人間は数少ない。
「どういうことなのじゃ…」
埜枝にはその存在が分からなかった。
屋根の上の巨大な影。
その放つ波動に惹かれた。
その存在は人ではない。
埜枝にはそれがわかる。
そして…
風に飛ばされた。
風と言うよりは光であった。
気がつけば生け贄はいなかった。
「あの光が…」
有り得ない。
埜枝はその考えを否定した。
「新しい餌がいる…」
埜枝は祭壇の横の黒い影を見た。
『生け贄はこれで最後だ…』
あの影はそう言った。
村人にとってあれは神の声だ。
神がそう言ったことになっている。
それを覆すことは出来ない。
「さて、どうする…」
埜枝が目を閉じて考えた。
祭壇の横で黒い影が揺らいでいた。
少年は斧を持ったまま、ある家の前に止まった。
灯りがついていた。
誰かいると言うことだ。
そこからすすり泣く声が聞こえている。
少年は戸の前に立ち声をかけた。
「誰かいる?おばさん開けて、稜だよ」
少年は稜と名乗った。
初めてくる家ではない。
いつも来ているように自然であった。
しばらくすると戸が開いた。
「おばさん、奏は!」
いきなり、出てきた婦人に聞いた。
泣きはらした目が赤い。
「どうしたの?稜!」
「これが道に落ちていた!」
婦人に斧を見せた。
「これは…うちの…」
「奏は!」
「飛び出したまま…」
「響が消えたんだ、奏が助けたのかも知れない!」
稜が奏の母と思われる婦人に言った。
一瞬、婦人の顔に安堵の表情が浮かんだ。
「助けた…そんなことをしたら…」
だが、婦人の顔がそのあと直ぐに曇った。
「奏と響は俺が捜してくる!」
少年は斧を預けて走って行った。
稜という少年の中に、希望が生まれたのは間違いない。
だが、奏の母には迫り来る絶望があった。
神に逆らうこと。
それは祟りの始まり。
恐ろしい事が始まる。
奏の母はそれを信じていた。
「そういうことか…」
少し離れた草陰で前鬼が見ていた。
生け贄。
母の態度。
この村に起こっている何か。
前鬼の中でおぼろげに姿を見せた。
「村人は犠牲者か…」
前鬼はそう推測した。
「おっと!」
前鬼は少年の事を忘れていた。
急いで少年の後を追った。
続く…