空の宇珠 海の渦 外伝 迷いの村 その三
「お願い!響を助けて!」
少女はそう言って真魚にすがった。
「順番に聞こう…」
「響とは誰だ?」
「妹よ、双子の妹、今から殺される!」
少女の目は真剣であった。
それが嘘でないことはわかる。
「それは見過ごせない話だな…」
少女の想いと願い。
嵐にも十分に伝わっている。
「なぜ殺されるのだ…」
真魚が少女に聞いた。
「神の生け贄よ…」
少女が拳を握りしめた。
神への怒りが満ちている。
「今時、生け贄とは…」
「神が人の命など欲しがる訳がない…」
嵐が呆れている。
「全部嘘なの?」
少女の瞳から涙が落ちた。
「菫は…菫は…」
「それは誰だ…」
嵐が聞いた。
「私の友達だった…」
「だった…」
嵐はその言葉に、悲しい事実を見た。
「なるほど…」
真魚の目が鋭さを増した。
先ほど感じた重い波動。
その答えがその言葉の中にあった。
「名は何というのだ」
真魚は少女に聞いた。
「私は奏、おじさんは?」
「真魚だ」
真魚はあえてそう名乗った。
「こっちの子犬が嵐だ」
「私、喋る犬なんて初めて見た…」
奏が嵐を見て微笑んだ。
「犬ではない、俺は神だと言っておろうが!」
嵐は奏の言葉には納得していない。
「奏、儀式はいつ行われるのだ」
真魚が核心に触れていく。
「今晩よ!」
「助けてくれるの!真魚!」
奏の表情が変わる。
殺気が消え、普通の少女に戻っていた。
「先ほどの顔は、鬼のようじゃったぞ…」
その表情を見た嵐が言った。
「私、響を助けるためなら何だってするわ!」
奏の決意は変わっていない。
「だが、人を殺める必要は無い…」
真魚が奏を窘めた。
「それは…でも、何か方法があるの?」
奏が真魚の顔を覗き込んだ。
「助けるのはいい…だが…」
真魚は考え込んだ。
「奏の家族はどうするのだ…村にいられなくなるぞ…」
真魚はその事実を奏に告げた。
「こんな村、いつ出て行ってもいい!」
「こうなる前に出て行くべきだったのよ!」
奏はこの村を憎んでいた。
「何か理由があるのか…」
嵐が奏に聞いた。
「わからない…」
「私は何度もそう言った…」
「だけど、父も母もそうしない…」
奏は唇を?んだ。
「まあいい、それよりも響を助ける事だ…」
その時は迫っている。
「後のことはどうにかなる…」
真魚がそう言って笑った。
「本当に助けてくれるの?」
見ず知らずの者に手を貸す。
奏には有り得ないことだ。
だが、この男は何か違う。
奏は既に真魚の心に触れている。
「その前に…」
真魚が言った。
どこからか笑い声が聞こえてきた。
続く…