空の宇珠 海の渦 外伝 命の絆 その二十三
月の光が優しく闇を包んでいる。
「今宵の月は大きく美しい…」
百目鬼が月を見ていた。
その美しさは百目鬼の心が創り出したものだ。
「これからどうするのじゃ…」
後鬼が百目鬼に言った。
「さて、しばらく時の中に埋もれてみるか…」
「その時まで…」
月の光が百目鬼の美しさを引き立てる。
「これを持っておけ」
百目鬼がそう言って真魚に何か投げた。
淡い光の中、真魚は難なく受けた。
「ほう…」
真魚は手にしたものを見て笑みを浮かべた。
「なんだ、それ?」
虹色に怪しく光る玉。
嵐が横でそれを見ていた。
「有り難く借りておく…」
真魚は百目鬼にそう言った。
「勘違いするな、逃がさないためだ…」
百目鬼が欲しいものは真魚の棒だけだ。
「面白い男だ…」
「あのくそ爺に感謝せぬとな…」
百目鬼は自分を笑う。
憎しみの余り、その糸の意味に気づけなかった。
「これも楽しみに繋がるのか…」
月の光が映し出すその美は、その内側にも存在する。
「お互い、あのくそ爺には頭が上がらんな…」
真魚がそう言って笑った。
「はははっ…そう言うことか…」
百目鬼の身体が輝いた。
「後鬼、お主にも世話になったな…」
百目鬼の言葉に後鬼は笑顔で答えた。
「また、逢おう…」
一筋の光が山に向かって飛んでいった。
「真魚、本当にあの鬼に棒を預けるのか…」
子犬の嵐がぽつりとつぶやいた。
「そのつもりだ…どうせ俺以外の者には扱えぬ…」
真魚がそう言った。
「その自信はどこから来るのだ…」
嵐が真魚を見て呆れていた。
「ま、俺もそう思うがな…」
嵐は真魚の力を信じていた。
「では、うちらもぼちぼち行くとするか…」
「柊には言ったのか?病のことを…」
前鬼が後鬼に確認した。
「死は免れぬ…」
「それは誰であっても同じじゃ…」
「だが、少し遅らすことは出来る」
「せめて子供達が育つまで…」
後鬼がそう言って月を見た。
『懸命に生きよ!』
百目鬼が柊にその言葉を贈った。
「柊もそれは分かっておる…」
後鬼は柊の心を感じている。
残された時間は柊の全てだ。
「うちらも…時々見に来るか…」
「そうだな…」
前鬼は後鬼の想いを受け取った。
「行くか!」
「楠の神にも礼を言わぬとな…」
そう言って前鬼と後鬼が跳んだ。
「お主、何か企んでおるな…」
真魚が口元に笑みを浮かべていた。
嵐はその表情を見逃さなかった。
「そう言う顔をしている時は、碌なことが無い…」
嵐は何度もそういう目に遭っている。
「いや、ちょっと華にな…」
「お主、あのような幼き者まで利用するのか!」
真魚の言葉を聞いて嵐が呆れていた。
「これは華から言い出したことだ…」
「母の命を守りたいと…」
真魚がその事実を口にした。
「華はもう知っているのか…」
嵐は驚いた。
柊の死。
それは確実に近づいてくる。
「あの時か…」
華が紡いだ糸は皆の想いだ。
「後鬼から薬の事を聞いていた…」
「後鬼は持っている知識の全てを華に伝えた…」
真魚の言った言葉は嵐には信じられなかった。
「それで笑っていたのか…」
華が持つ途方もない力。
広げられた知識の布は果てしなくひろがっている。
「華は本当に後鬼の知識を全部、手に入れたのか…」
嵐には受け入れがたい事実であった。
「後鬼の知識もいずれは消える…」
それを後鬼も分かっている。
「良い薬士になるかも知れぬな…」
真魚がそう言った。
柊を救いたいという華の願い。
それが形になろうとしている。
「それでだ、嵐…」
真魚の企み。
嵐は既に感じ取っていた。
言葉ではない。
真魚の心は嵐に伝わっている。
開放した霊力の波動。
それが宇宙に広がる。
「どこにでも跳んでやる!」
嵐は真魚を乗せて飛んだ。
嵐が笑っている。
「だが、華の為だ!」
丸い月が全てを見守っていた。
― 命の絆 完 ―