空の宇珠 海の渦 外伝 命の絆 その二十
嵐が飛んだ方向は蓮の国とは違う方向であった。
夕焼けの空を一筋の光が抜けて行く。
「どこにいくの?」
蓮は何となく帰路ではないことに気づいた。
「蓮に見せたいものがある」
嵐はその場所まで一瞬で飛んだ。
村があった。
蝦夷の村だ。
「ここは…」
蓮が赤く染まるその村を見ていた。
「きれいだ…」
蓮はそう感じた。
嵐はある家の前に降りた。
一人の女性が立っていた。
子供を抱いている。
ここにも命の絆はある。
「あらっ、今日はどこの子?」
その女性は笑っている。
「紫音、子供は元気か?」
嵐がそう言った。
「久しぶりなのに、私の事は心配してくれないのね」
紫音が抱いている子供に言った。
「蝦夷の村?」
蓮が聞いた。
「そうだ、蝦夷の村だ」
真魚が答えた。
気がつくと嵐は子犬の姿に戻っている。
「嵐、お腹空いているんでしょう?」
紫音には見抜かれている。
「あなたのことは何でも分かるんだから…」
苦しい時を切り抜けた信頼がそこに存在した。
「ばれておったのか…」
嵐が紫音の感度に呆れていた。
「さ、入って、母礼も待ってる」
がたん!ばたん!
その前に 戸が開く音がした。
「お~!真魚に嵐、よくぞ来たな!」
母礼が堪らず飛び出してきた。
「ちょっと、戸が壊れるでしょ!」
「何だ、もう尻に敷かれているのか?」
子犬の嵐が呆れている。
「ここに来たのはそのためか…」
真魚が嵐に呆れて笑っている。
「決まっているだろ!」
嵐の答えに曇りはない。
「いっぱい用意してあるわよ!」
「ほらな!」
紫音の声で嵐は家の中に飛び込んでいった。
手の平に輝く大きな目。
「その目で獲物を探し当て、見抜くのか?」
後鬼は百目鬼の力をそう見ていた。
「うちは感じる事はできるが、お主の様には食わぬ」
後鬼の食事は人と変わらない。
どちらかというと百目鬼の方が特殊と言える。
「柊が最後になるな…人に逢ったのは…」
既に二十年ほど時は過ぎていた。
「では、もう人から物は奪ってないのか?」
後鬼は百目鬼のその言葉から、今の状況を想像していた。
「あのくそじじいのせいだ!」
いつの間にか、くそ爺に変わっている。
「その坊主が何かしたのか?」
後鬼はその答えを知りたくなった。
百目鬼が人を襲わなくなった。
それほどの何かがあると言うことだ。
「あのくそ爺があれを持っていたのだ」
百目鬼の答えは意外であった。
「坊主が…持っていた…?」
「纏わり付くものか…」
後鬼は考えた。
「そうだ!」
百目鬼が見たものは複雑に絡み合うものであった。
「お主はその坊主に惚れたのか…」
後鬼は坊主に纏わり付いているものを想像した。
「惚れただと、ばかばかしい」
「だが、あれ以上のものは見当たらん…」
百目鬼がそう言った。
「ほどいてみたい…」
「食ろうてみたい…」
百目鬼の美しい顔が色めく。
「こりゃ、惚れた意味が違ったか…」
後鬼が自分の過ちを認めた。
「おやっ!」
後鬼が何かに気づいた。
「坊主が…持っていた…」
「もしや!」
後鬼はそのことに気づいた。
「吸い込まれそうなほど、うまそうであった…」
百目鬼が思い出しながら頬ずりしている。
はははははっ!
突然、 後鬼が百目鬼の様子を見て笑いだした。
おかしくてたまらない。
「どうしたのだ?急に…」
百目鬼が戸惑っている。
後鬼の笑いはしばらく止まらなかった。
「はははっ…それ以上の…物を…」
後鬼がようやくその声を絞り出した。
「あるのか…!」
さらに百目鬼の顔が艶っぽく色めく。
「うちは大きな勘違いをしていたようだ…」
後鬼の笑いは、まだ続いていた。
続く…