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空の宇珠 海の渦 外伝 命の絆 その十九





鉱山を下りた場所に集落が築かれていた。

 


そこは村と言って良いほど、多くの者が住んでいた。

 


城柵からはそこそこ距離がある。

 


倭と手を組んだ山師が、元々住んでいた場所かも知れない。

 



ただ、普通の村と違うところは、田畑が少ないことだ。

 


かなりの者が鉱山で働いている。

 


農作物は自分たちが食べる分だけで良い。

 


それは、村に残された年寄りや子供でまかなわれている。

 


他の者は米や布ではなく、労役という形で税を倭に納めることになる。

 



そして、取れた金は全て倭のものになる。

 


そう言う仕組みを倭は作ったのだ。






蝦夷と壮絶な戦いの後、倭朝廷の力はまだ蝦夷まで届いていた。

 


だが、都からは遠い。

 


その支配が長く続くとは到底思えない。

 


及ばぬ力は新たな力を生むことになる。

 


この黄金を手中に収めた地方の貴族が、力を持つのに数百年の時が流れる。

 


徐々に体勢は整えられていたであろう。

 


この後の時代に奥州藤原氏が栄えるのだ。







真魚達は予想外の出来事に頭を悩ませていた。

 


朔三と婦人は同じ家に入って行ったのだ。

 


しかも、二人を待っていたのは、小さな二人の子供であった。

 


子供も朔三に懐いているようで、笑顔を見せている。


 

その姿を蓮は嵐の背中で見ていた。

 




挿絵(By みてみん)





「謎は全て解けたな…」



蓮の後ろの真魚がつぶやいた。

 


朔三が帰らなかった理由は二つあった。

 


記憶が闇に奪われたことと、新しい家族が出来たことだ。



だが、そのことで朔三自身も救われていたことは間違いない。



 


蓮はあまりの出来事に言葉がでない。


 


「半分死んだようなものか…」



嵐の慰めの言葉も蓮には冷たく感じる。

 



その事実を必死に受け入れようとしている。 



だが、十歳ほどの子供にとっては大きな出来事だ。

 



華よりも小さい。

 


二人の小さな子供。

 


その子供達の笑顔が蓮の心に突き刺さる。

 



「痛いのには意味がある…」



真魚が言った。



 

蓮の痛みを真魚は感じている。

 



「何かを言われて腹がたつのは、間違っていないからだ…」



「それを受け入れる度量があるなら腹も立つまい…」




真魚は蓮の頭を撫でた。

 



蓮は泣いていた。

 


どうしたらいいのかわからない。

 


ただ、心が痛む。

 


父は生きている。

 


だが、もう今までの自分の事は忘れている。

 


しかも、家族である蓮や華、そして柊のことも記憶にはない。

 



蓮の父ではなく別の人になっていた。

 



二人の子供に愛情が生まれたのかはわからない。




残された断片がかろうじて、親であることをつなぎ止めていたのかも知れない。

 




蓮はその事実の痛みを必死に耐えていた。

 



「父は柊を守る為に、家族を守る為に黑を連れてきたのだ…」




真魚が蓮にそう言った。

 


「黑の中には神がいる…」



「それを願ったのは父だ…」



真魚は蓮にそれを問うた。

 



「えっ!」



蓮は驚いた。

 


「柊の命を救ったのは父の願いだ…」




「父ちゃんは…初めから…」



蓮の瞳からその思いがこぼれた。

 



一度溢れた想いは止まらない。

 



歯を食いしばっても、唇を嚙んでも止まらない。

 



真魚は後ろから蓮を抱きしめた。


 


その波動が蓮を包み込んでいく。

 



「そして、柊の願いが父の命を救ったのだ…」



真魚がその事実を知ったのは柊に触れた時だ。

 



「母ちゃんの願い…」



蓮は初めてその事実を知った。

 



蓮は涙を手の甲で拭った。



 

「俺…どうしたらいい?」



蓮は真魚と嵐に聞いた。

 


その切実な想いは二人に届いている。

 


「俺には決められぬぞ…蓮の未来だ…」



嵐が言った。

 



「そうだね…そうだ…」



蓮は自分に言い聞かせる様に言った。

 



「時間が経てば思い出すかも知れぬ…」

 


だが、闇に食われた記憶を戻すことは出来ない。



その可能性は低い。

 



「父ちゃんは幸せなのかな…」

 


心の痛みはそれが真実であるからだ。

 


その言葉の中に蓮の強さがある。

 


自分より弱き者の心に寄り添っている。

 


「嵐、俺またここに来られるかな?」

 


蓮の瞳に涙が浮かんでいる。

 



「ああ、いつでも飛んでやる…」

 


嵐がそう言った。


 


「帰ろう、華と母ちゃんが待っている!」




蓮の声が震えている。

 



だが、それは自らの未来を決めた、大いなる心の決意であった。





挿絵(By みてみん)







続く…







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