空の宇珠 海の渦 外伝 命の絆 その十二
空が明るくなってきた。
森の中に鳥の声が戻ってきた。
命が動き始めた。
光と共にそれは始まる。
森の木の枝に金色の布が掛けられていた。
丁度屋根のように地面に向かっている。
「おい、起きろ!」
子犬の嵐が蓮の耳元で言った。
「朝だ…」
真魚が何かを囓っていた。
「蓮も食べろ」
「なに、これ…」
「お主、干し柿を知らないのか?」
嵐もそれを食べていた。
「柿って渋いよね」
「干しておけば渋みが消えて甘くなる」
真魚は何故そうなるかを短くまとめた。
「そうなんだ…」
蓮は恐る恐るそれを囓った。
「ん、甘い…」
この時代の甘みは貧しい。
「おいしい…けど」
「まずいのか?」
「いらぬなら全部俺が食ってやる」
嵐はそれを期待している。
「種はあるんだ…」
蓮はそう言って種を口から出した。
「俺は種ごと食えるぞ」
嵐の自慢は嵐以外には無意味である。
「そろそろ人が来る頃だ…」
真魚がそう言った。
入り口が見下ろせる森の中。
金色の布が森を映し気配を断つ。
能力者と雖もかなり近くでなければ、見つけることは難しい。
そこから顔を出して覗いている。
入り口に見張りの男が二人立っていた。
そこに役人らしき男が人を連れてやってきた。
入り口で何やら木の札の様なものを渡している。
どうやらそれが個人を判断する道具のようだ。
予め決められた札を取る。
働きに来たものが分かる。
帰りにはその札を返す。
取り残された者が確認できる。
そうやって人を管理しているらしい。
「なるほどな…」
真魚はそれを見て笑みを浮かべた。
「お主、何かを企んでおるな…」
嵐が真魚の笑みをそう判断した。
「どうしてだ…」
「お主がそういう顔をしたときは碌なことが無い…」
嵐は何度もそう言う目に遭わされている。
「楽しいことではないのか…」
真魚がそう言い返した。
「何もないよりはな…」
嵐がそう言って笑った。
「蓮、どうだ、いるのか?」
気の短い嵐が蓮に聞く。
「これだけの人の中から捜すのは…」
既に百人ほどいるだろうか。
「仕草や歩き方に気を配れ、あの役人の前は必ず通る…」
札を貰う為に役人の前は必ず通らなくてはならない。
真魚はそこだけに集中しろと言っている。
「嵐、準備をしておけ…」
真魚はそう言って懐から紙を取り出した。 それを小さく畳んで呪をかけた。
「いた!あれだ」
「嵐!」
真魚が合図をした。
その瞬間に嵐の姿は消えていた。
雨が穢れを洗い流したかのように、空気が澄んでいた。
後鬼は陽が昇ると直ぐに一人で山に入った。
華と柊は前鬼が見ている。
「有り難い…」
澄んだ風に後鬼は感謝した。
後鬼は一番高そうな木の上で目を閉じた。
「どれほどの鬼か…」
鬼の波動を捜す。
波のない湖。
その水面に餌を求めてはねる魚。
小魚の群れが作り出す波紋。
それらを狙う鳥の群れ。
昔の猟師はそれらを頼りに目で魚を見つけた。
それと似たような作業。
後鬼が作り出す心象空間。
後鬼が自らの波動を広げ水面を創り出す。
その水面に命の波紋を捜す。
命の波動。
力を持ったものの波動は大きい。
海原に鯨が跳ねるようなものだ。
後鬼は少しずつ意識を広げていく。
後鬼が作り出す水面に、命の波動が触れる。
後鬼の波動と鬼の波動。
触れ合えばその波動は乱れる。
「ここではないのか…」
後鬼がそう思った時であった。
「!」
「何だ、これは…」
後鬼が予想していた別の方向に何かを感じた。
「どこぞの神か…?」
後鬼はその波動をそう判断した。
「神と鬼か…」
後鬼はつぶやいた。
「ん、神と鬼!」
「さては爺さん、気づいておったな…」
後鬼は笑みを浮かべた。
「さて、どうしたものか…」
そう言うと後鬼は木の上から跳んだ。
続く…